現代文対策問題 64

本文

私たちは、日常的に、「聞く」という行為を、あまりにも、自明のこととして、捉えすぎてはいないだろうか。相手の口から発せられた音声が、鼓膜を震わせ、その意味内容が、脳に伝わる。その、自動的とも思えるプロセスを、「聞く」ことだと、私たちは、考えている。しかし、それは、厳密に言えば、「聞く」ではなく、ただ、音が「聞こえている」だけの状態に過ぎない。

真の意味で「聞く」とは、もっと、能動的で、創造的な営みである。それは、自分の内側にある、様々なフィルターを、一旦、脇に置くことから始まる。自分の先入観、価値観、次に何を言おうかという、自己中心的な計算。そうした、内なるノイズを、意識的に、静めること。そして、空っぽになった心で、ただ、ひたすらに、相手の言葉と、その言葉が発せられる背景に、注意を集中させる。

このような、深いレベルでの「聞く」という行為は、単に、相手から情報を得る、という以上のものを、もたらす。相手は、「この人は、本当に、自分のことを、理解しようとしてくれている」と感じ、安心して、心を開くことができる。そして、聞く側もまた、相手の言葉を通じて、自分一人では、決して、辿り着けなかったであろう、新しい視点や、世界像に、出会うことができるのだ。

真の対話は、雄弁に語ることよりも、むしろ、誠実に聞くことから、始まる。私たちは、あまりにも、話すことの技術ばかりを、磨きすぎたのかもしれない。今、求められているのは、むしろ、「聞く」という、忘れられた技術の、再生なのではないだろうか。


【設問1】筆者が、本文で区別している、「聞こえている」と「聞く」の違いについての説明として、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 「聞こえている」のは、聴覚が正常な、物理的な状態であり、「聞く」のは、相手の話に、興味を持っている、心理的な状態である。
  2. 「聞こえている」のは、音声を、自動的に、受動的に、受け取っている状態であり、「聞く」のは、意識を集中させ、能動的に、相手を理解しようとする営みである。
  3. 「聞こえている」のは、相手の言葉の、表面的な意味を、理解している状態であり、「聞く」のは、その言葉の裏にある、隠された嘘や、欺瞞を、見抜くことである。
  4. 「聞こえている」のは、自分にとって、都合の良い情報だけを、選択的に、受け入れている状態であり、「聞く」のは、たとえ、耳の痛い話でも、真摯に、受け止めることである。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「興味を持っている」かどうかだけでなく、もっと積極的な、意志的な行為として、「聞く」は定義されています。
  • 2. 筆者は、「聞こえている」ことを「自動的とも思えるプロセス」と述べる一方、「聞く」ことを「もっと、能動的で、創造的な営みである」と定義しています。この、「受動的」か「能動的」か、という対比が、両者の最も本質的な違いであり、この選択肢が、筆者の主張と完全に一致します。
  • 3. 「嘘や、欺瞞を見抜く」といった、批判的な聴き方が、筆者の言う「聞く」の本質ではありません。
  • 4. 「耳の痛い話でも受け止める」ことも、「聞く」の一側面ですが、より根本的な違いは、その行為が、受動的か、能動的か、という点にあります。

【設問2】傍線部①「自分の内側にある、様々なフィルターを、一旦、脇に置くこと」とあるが、ここでいう「フィルター」の具体例として、本文中で挙げられていないものを、次の中から一つ選べ。

  1. 相手の話に対する、自分の、これまでの経験に基づいた、先入観。
  2. 次に、自分が、何を、どのように、話そうかという、自己中心的な計算。
  3. 相手の話の内容が、倫理的に、正しいか、間違っているかを、判断する、道徳的な価値観。
  4. 相手の話を聞きながら、同時に、全く別のことを考えてしまう、内なるノイズ。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 本文中に、「自分の先入観」と、明確に挙げられています。
  • 2. 本文中に、「次に何を言おうかという、自己中心的な計算」と、明確に挙げられています。
  • 3. 筆者は、フィルターの例として、「先入観」「価値観」「自己中心的な計算」「内なるノイズ」を挙げていますが、「倫理的・道徳的な価値観」については、具体的に言及していません。
  • 4. 本文中に、「そうした、内なるノイズを、意識的に、静めること」とあり、「フィルター」の一種として挙げられています。

【設問3】傍線部②「真の対話は、雄弁に語ることよりも、むしろ、誠実に聞くことから、始まる」と筆者が主張するのはなぜか。その理由として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 相手に、心地よく、話をさせることで、議論の主導権を、自然に、握ることができるから。
  2. 相手が、安心して、心を開き、本音を語れるような、信頼関係が、まず、築かれるから。
  3. 相手の話を、黙って聞くことで、相手の意見の、論理的な矛盾点を、見つけやすくなるから。
  4. 自分の意見を、主張する前に、まず、相手の意見を聞くのが、社会的なマナーとして、求められているから。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「主導権を握る」といった、駆け引きの話はしていません。
  • 2. 第三段落に、「聞く」という行為によって、「相手は、『この人は、本当に、自分のことを、理解しようとしてくれている』と感じ、安心して、心を開くことができる」とあります。このような、安心感や、信頼関係が、対話の土台となるため、「聞くこと」から、真の対話が「始まる」、と筆者は考えているのです。
  • 3. 「矛盾点を見つける」という、批判的な目的のためではありません。
  • 4. 「社会的なマナー」という、外面的な理由ではなく、もっと内面的で、本質的な、コミュニケーションのあり方として、論じています。

【設問4】本文の趣旨を踏まえた上で、筆者が、現代のコミュニケーションに対して、抱いている、最も大きな懸念は何か。次の中から一つ選べ。

  1. 人々が、自分の意見を、はっきりと主張することができなくなり、同調圧力が、高まっていること。
  2. インターネット上の、匿名での、誹謗中傷が、深刻な社会問題となっていること。
  3. 人々が、話すことばかりに気を取られ、他者の言葉に、真摯に、耳を傾ける能力が、失われつつあること。
  4. 対面でのコミュニケーションの機会が減少し、人々が、表面的な、人間関係しか、築けなくなっていること。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 筆者は、むしろ、人々が、自分の内なる声(次に何を言おうか)に、とらわれすぎている、と指摘しています。
  • 2. 「誹謗中傷」という、特定の社会問題は、本文では扱われていません。
  • 3. 本文の最後の段落、「私たちは、あまりにも、話すことの技術ばかりを、磨きすぎたのかもしれない。今、求められているのは、むしろ、『聞く』という、忘れられた技術の、再生なのではないだろうか」という記述が、筆者の問題意識を、最も、端的に表しています。
  • 4. 「対面でのコミュニケーションの減少」については、本文では言及されていません。

語句説明:
自明(じめい):特に、証明したり、説明したりするまでもなく、明らかなこと。
営み(いとなみ):仕事。働き。生活。ここでは、精神的な活動のこと。
先入観(せんにゅうかん):ある対象について、最初に得た知識や、印象に基づいて、作り上げられた、固定的な観念。
雄弁(ゆうべん):言葉や文章が、力強く、説得力があること。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:64