現代文対策問題 62

本文

私たちは、しばしば「自然であること」を、無条件に良いことだと考える。作為がなく、ありのままであること。飾らない、素朴な状態。そうしたものが、現代社会では、一種の理想として語られがちである。ソーシャルメディアには、「自然体」を装った写真が溢れ、市場には、「自然派」を謳う商品が、所狭しと並んでいる。

しかし、私たちが「自然」と呼んでいるものの多くが、実は、極めて高度な作為によって、巧妙に作り上げられた「人工物」であることに、私たちは、もっと自覚的になるべきだ。「自然に見える」メイクアップには、計算され尽くした技術が必要であり、「自然な」演技は、厳しい訓練の末に、初めて獲得される。私たちが美しいと感じる「自然」の風景でさえ、多くは、人間の手によって、管理・維持されたものである。

真に「自然」な状態、すなわち、人の手が一切加わらない、原生の状態とは、本来、混沌として、荒々しく、時には、人間にとって、残酷でさえある。私たちは、そうした、ありのままの自然からは、無意識に目をそむけ、人間にとって都合の良い、快適で、美しい部分だけを切り取って、それを「自然」と呼んでいるに過ぎない。

だとすれば、私たちが目指すべきは、安易な「自然回帰」ではない。むしろ、人間が、いかにして「自然」という理想を作り上げてきたか、その作為の歴史を、冷静に見つめ直すことではないか。そして、その上で、どのような「自然」を、私たちは、これから選び取り、作り上げていくのか。その問いこそが、今、私たちに、問われているのだ。


【設問1】傍線部①「極めて高度な作為によって、巧妙に作り上げられた「人工物」」の具体例として、本文の内容に照らして最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 一切、人の手が入っていない、原生林の奥深くで、自生している、珍しい高山植物。
  2. 厳しい自然環境の中で、生き残るために、保護色や、擬態といった、特殊な進化を遂げた昆虫。
  3. 計算された技術によって、あたかも、化粧をしていないかのように見せる、ナチュラルメイク。
  4. 農薬や、化学肥料を、一切使わずに、有機農法によって、栽培された、旬の野菜。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「一切、人の手が入っていない、原生林」は、筆者の言う「ありのままの自然」であり、「人工物」ではありません。
  • 2. 「特殊な進化を遂げた昆虫」も、人間の作為が加わっていない、自然界の産物です。
  • 3. 本文の第二段落に、「『自然に見える』メイクアップには、計算され尽くした技術が必要であり」とあります。これは、まさに「自然」に見せるための「高度な作為」によって作られた「人工物」の典型例です。
  • 4. 「有機農法」も、人間の管理技術の一種ですが、筆者が例として挙げている「自然に見せるための作為」という文脈とは、少しニュアンスが異なります。3の方が、より直接的な例として本文で挙げられています。

【設問2】傍線部②「人間が、いかにして「自然」という理想を作り上げてきたか」とあるが、これに対する筆者の考えとして、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 人間は、ありのままの自然の中から、自分たちにとって、都合の良い、快適で、美しい部分だけを、選択的に切り取ってきた。
  2. 人間は、科学技術の力を用いて、自然の法則を、完全にコントロールし、自分たちの理想とする、新たな生態系を、作り上げてきた。
  3. 人間は、自然と、一体化することで、その偉大さや、美しさを、学び取り、自らの感性を、研ぎ澄ませてきた。
  4. 人間は、自然の風景を、忠実に、ありのままに、模写することで、優れた芸術作品を、生み出してきた。
【正解と解説】

正解 → 1

  • 1. 第三段落に、「私たちは、そうした、ありのままの自然からは、無意識に目をそむけ、人間にとって都合の良い、快適で、美しい部分だけを切り取って、それを『自然』と呼んでいるに過ぎない」という記述があります。これが、筆者の考える、人間による「自然」という理想の形成プロセスです。
  • 2. 人間が自然を「完全にコントロール」できているとは、筆者は考えていません。
  • 3. 「自然と、一体化する」というよりは、むしろ、自然を、人間の都合の良いように「切り取ってきた」という、批判的な視点です。
  • 4. 筆者は、人間が作り出す「自然」が、「ありのままに模写」したものではなく、選択と編集を経た「作為」の産物であると主張しています。

【設問3】筆者が、本文で、真に「自然」な状態、すなわち原生の状態を、どのように捉えているか。その説明として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 全ての生命が、調和し、共存している、穏やかで、平和な状態。
  2. 人間が、まだ、介入していない、手付かずの、美しさを保った状態。
  3. 混沌として、荒々しく、時には、人間にとって、残酷ですらある、厳しい状態。
  4. 人間が、最終的に、目指すべき、理想的な、ユートピアのような状態。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「調和し」「平和な状態」という、牧歌的なイメージは、筆者の考えとは異なります。
  • 2. 「美しさを保った状態」とは限らない、と筆者は考えています。
  • 3. 第三段落に、「真に『自然』な状態、すなわち、人の手が一切加わらない、原生の状態とは、本来、混沌として、荒々しく、時には、人間にとって、残酷でさえある」と、明確に記述されています。
  • 4. 筆者は、安易な「自然回帰」を戒めており、原生の状態を、手放しで「理想」とは考えていません。

【設問4】本文全体の趣旨として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 私たちは、現代社会の、人工的な生活を反省し、もっと、ありのままの、自然に近い暮らしを、取り戻すべきである。
  2. 私たちが「自然」と呼んでいるものの多くは、実は、人間の作為によって作られたものであることを、自覚する必要がある。
  3. 自然環境の保護は、現代に生きる、私たちにとって、最も、優先されるべき、緊急の課題である。
  4. 優れた芸術や、デザインとは、自然の美しさを、いかに、巧妙に、模倣するかにかかっている。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 筆者は、「安易な『自然回帰』ではない」と述べており、この選択肢は、筆者の主張と異なります。
  • 2. 筆者は、一貫して、私たちが理想と見なす「自然」が、実は、作られたものであるという事実を指摘し、「私たちは、もっと自覚的になるべきだ」と主張しています。そして、その自覚の上で、これからどのような「自然」を作っていくかを問うべきだ、と結んでいます。この選択肢が、本文全体の主張の核心を、最も的確に捉えています。
  • 3. 「自然環境の保護」という、エコロジー的なテーマは、本文の直接の主題ではありません。
  • 4. 「芸術論」や「デザイン論」に終始しているわけではなく、もっと広い、私たちの「自然」に対する認識そのものを、問うています。

語句説明:
作為(さくい):意図的に、何かを作り上げること。
謳う(うたう):ある事柄を、特に、優れたものであるとして、強調し、人々に知らせること。
混沌(こんとん):物事が、入り混じって、区別がつかず、まとまりのない状態。
原生(げんせい):人の手が加わらず、自然のままの状態であること。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:62