現代文対策問題 61

本文

日本の伝統的な庭園には、「借景」という、独特の技法がある。これは、庭園の外にある、山や、木々といった、自然の風景を、あたかも、庭園の一部であるかのように、意匠に取り込む手法のことである。限られた敷地の内側だけで完結するのではなく、外の世界を、自らの風景として「借りる」ことで、庭園に、無限の広がりと、奥行きを与えているのだ。

私は、この「借景」という考え方を、私たちの生き方そのものにも、応用できるのではないか、と考えている。私たちは、しばしば、「自分」というものを、自己の内側だけで完結した、独立した存在として、捉えがちである。自分の能力、自分の知識、自分の経験。そうした、自分に帰属するものだけで、自己を形成しようとする。しかし、そのような生き方は、あまりに、窮屈で、閉鎖的ではないだろうか。

真に豊かな人生とは、むしろ、自らの外側にある、様々なものを、巧みに「借りて」くることで、成り立っているのではないか。先人たちが遺してくれた、書物の中の知恵。友人との、何気ない会話から得られる、新しい視点。心を揺さぶる、音楽や、芸術との出会い。これらは全て、私たちの人生という庭を、豊かに彩ってくれる、素晴らしい「借景」である。

自分の庭の小ささを嘆く必要はない。大切なのは、自分の庭と、外の世界とを隔てる、垣根を低くし、いかに、巧みに、素晴らしい風景を、借りてこられるか、ということだ。自己の内面に閉じこもるのではなく、常に、外の世界へと、しなやかに開かれていること。それこそが、変化の激しい現代を、豊かに生きていくための、知恵なのではないだろうか。


【設問1】傍線部①「外の世界を、自らの風景として「借りる」」とあるが、筆者が、これを、人間の生き方に応用した場合、「借りる」対象として、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 自分の目標達成のために、他人の能力や、功績を、あたかも、自分のもののように、利用すること。
  2. 他人の意見や、外部からの情報を、無批判に受け入れ、自分の判断基準として、そのまま用いること。
  3. 書物や、芸術、他者との対話といった、自分の外にある、豊かな知見や、経験を、自らの糧として、取り入れること。
  4. 経済的な成功のために、他人から、資金や、人脈といった、具体的な援助を、積極的に引き出すこと。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「利用する」という、利己的なニュアンスではありません。もっと、自分の精神を豊かにするための行為です。
  • 2. 「無批判に受け入れ」「そのまま用いる」のではなく、あくまで、自分の庭を豊かにするための「借景」として、主体的に取り込むのです。
  • 3. 筆者は、「借りる」対象の具体例として、「書物の中の知恵」「友人との、何気ない会話から得られる、新しい視点」「心を揺さぶる、音楽や、芸術との出会い」を挙げています。これらは全て、自己の外にある、豊かな知的・精神的な財産であり、それを自分のものとして取り込む(糧とする)ことを指しています。
  • 4. 「資金」や「人脈」といった、実利的な援助の話ではなく、もっと精神的な豊かさについての話です。

【設問2】傍線部②「自分の庭の小ささを嘆く必要はない」と筆者が主張するのはなぜか。その理由の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 人間の能力や、知識には、元々、大した差はなく、重要なのは、それを、いかに、他者にアピールするかだから。
  2. 庭の広さ、すなわち、自己の能力の大きさが、人生の豊かさを、直接、決定するわけではないから。
  3. 小さな庭であっても、手入れを丹念に行うことで、大きな庭にも、決して、見劣りしないほどの、美しさを実現できるから。
  4. たとえ、自分の庭が小さくとも、外の世界の風景を、巧みに取り込むことで、無限の広がりと、豊かさを、生み出せるから。
【正解と解説】

正解 → 4

  • 1. 「他者にアピールする」という、他者評価を軸にした考え方は、筆者の主張とは異なります。
  • 2. これは正しいですが、筆者が「嘆く必要はない」と主張する、より積極的な理由にはなっていません。なぜ豊かさを実現できるのか、という方法論にまで踏み込む必要があります。
  • 3. 「手入れを丹念に行う」という、自己完結的な努力の話ではなく、外の世界との関係性が重要だと筆者は説いています。
  • 4. 筆者は、「借景」の技法を説明し、「限られた敷地の内側だけで完結するのではなく、外の世界を…『借りる』ことで、庭園に、無限の広がりと、奥行きを与えている」と述べています。これを人生論に応用し、「自分の庭の小ささ(=自己の能力の限界)」を嘆くのではなく、外の風景(=他者の知恵など)を借りてくれば、豊かになれる、と主張しているのです。

【設問3】筆者が批判している「窮屈で、閉鎖的な」生き方とは、どのようなものか。最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 自分の内面に閉じこもり、自分自身の能力や、経験だけで、全てを完結させようとする、自己中心的な生き方。
  2. 社会のルールや、常識に、常に、疑問を抱き、反発しようとする、反社会的な生き方。
  3. 都会の喧騒を離れ、自然の中で、自給自足の生活を送ろうとする、世捨て人のような生き方。
  4. 自分の専門分野だけに固執し、他の分野の知識や、価値観を、一切、受け入れようとしない、排他的な生き方。
【正解と解説】

正解 → 1

  • 1. 筆者は、「『自分』というものを、自己の内側だけで完結した、独立した存在として、捉えがちである」「自分の能力、自分の知識、自分の経験…だけで、自己を形成しようとする」生き方を、「窮屈で、閉鎖的」だと批判しています。これは、外部の世界に開かれず、自己の内側だけで完結しようとする生き方を指しており、この選択肢が最も的確です。
  • 2. 「社会への反発」がテーマではありません。
  • 3. 「自然の中での自給自足」という、具体的なライフスタイルの話はしていません。
  • 4. 「排他的な生き方」も、この一種かもしれませんが、1の方が、より本文の表現に近く、根源的な問題を指摘しています。

【設問4】本文の要旨として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 日本の庭園技術である「借景」の、優れた点と、その歴史的な背景を、具体的に解説している。
  2. 豊かな人生を送るためには、自己の内面を深く見つめる、内省的な時間を持つことが、何よりも重要である。
  3. 私たちは、自己の内側に閉じこもるのではなく、「借景」のように、外部の豊かな知見を取り込むことで、より豊かな人生を築くことができる。
  4. 現代社会では、他者とのコミュニケーションが希薄になっており、意識的に、他者と関わる機会を、持つべきである。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「借景」の解説は、あくまで、本題である人生論への導入です。
  • 2. 「自己の内面を深く見つめる」ことよりも、むしろ、自己を「外の世界へと、しなやかに開」くことの重要性を説いており、本文の趣旨とは逆の方向性です。
  • 3. 筆者は、「借景」という概念を比喩として用い、「自己の内面に閉じこもるのではなく、常に、外の世界へと、しなやかに開かれていること」が、「豊かに生きていくための、知恵」だと結論づけています。この選択肢は、本文の構成(比喩の提示→人生論への応用→結論)と、その主張の核心を、最も的確に要約しています。
  • 4. 「他者とのコミュニケーション」は、「借景」の一例として挙げられていますが、それが本文の唯一のテーマというわけではありません。

語句説明:
意匠(いしょう):美術品や、工業製品などの形や色、模様などを、工夫し、考案すること。デザイン。
帰属(きぞく):あるものが、特定の所有者や、組織に、所属すること。
窮屈(きゅうくつ):空間や、精神的な制約によって、自由が妨げられ、苦しく感じること。
垣根(かきね):家や庭の境界に作る、竹や木などを使った囲い。ここでは、内と外を隔てるものの比喩。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:61