現代文対策問題 57
本文
図書室のカウンターに座っていると、窓の外の銀杏の木が黄色く色づいているのが見えた。もうそんな季節かと思う。この高校に司書の補助として勤め始めて、半年が過ぎた。生徒たちの騒がしい声も、今は遠くに聞こえる。放課後の図書室は、私だけの静かな城だった。
ドアが静かに開いて、一人の男子生徒が入ってきた。いつも一番奥の歴史書の棚の前で熱心に本を読んでいる田中くんだ。彼は私に軽く会釈すると、まっすぐにいつもの場所へ向かった。
私は彼のことが少し気になっていた。他の生徒のように友達とおしゃべりするでもなく、いつも一人で黙々と本を読んでいる。彼が借りていくのは決まって分厚い歴史の専門書ばかり。高校生が読むには、少し難しすぎるのではないか。どんなことを考えているのだろう。
その日、閉館間際に田中くんがカウンターへやってきた。彼が差し出した本は、いつもの歴史書ではなく、一冊の古い詩集だった。
「あの、これ」
彼が指差したのは、詩集の中の一篇だった。題名は「旅人」。
「ここの部分、どうしても意味が分からなくて。もしよかったら、どう思うか聞かせてもらえませんか」
彼のまっすぐな瞳に、私は少しうろたえた。私はただの司書補助で、文学の専門家ではない。でも、彼の真剣な眼差しを見ていると、無下にはできなかった。私はゆっくりとその詩に目を落とした。埃っぽい紙の匂いがした。静かな図書室で、私と彼の二人だけの小さな授業が始まった。
【設問1】傍線部「ここの部分、どうしても意味が分からなくて。もしよかったら、どう思うか聞かせてもらえませんか」という田中くんの言葉からうかがえる彼の人柄として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 自分の知識をひけらかし、司書である「私」の実力を試そうとする高慢な性格。
- わからないことを素直に認め、他者の意見に真摯に耳を傾けようとする、探求心のある性格。
- 詩集をきっかけにして「私」との個人的な会話を始めようとする、計算高い性格。
- 人見知りで引っ込み思案なため、普段は言えない質問を勇気を振り絞って口にしている性格。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 彼の態度はあくまで謙虚で、「実力を試そう」という意図は読み取れません。
- 2. 彼はいつも一人で黙々と本を読む、知的な探求心の強い生徒として描かれています。その彼が自分の力だけでは理解できない部分に突き当たった時、専門家ではないと分かっている「私」に対しても「どう思うか」と純粋な問いを投げかけます。これは正解を求めるのではなく、他者の多様な解釈に触れたいという知的好奇心と謙虚さの表れです。
- 3. 「計算高い」という印象は、彼の普段の朴訥な様子とは合いません。
- 4. 「勇気を振り絞っている」様子もうかがえますが、その行動の根底にあるのは知的な「探求心」です。
【設問2】田中くんの言葉を聞いた後の「私」の心情の変化として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 生徒から頼りにされたことを誇らしく思うと同時に、うまく答えなければならないというプレッシャーを感じている。
- これまで遠巻きに眺めているだけだった生徒の意外な一面に触れ、彼との心理的な距離が縮まったように感じている。
- 自分の専門外の質問をされたことに戸惑い、司書としての自信を少し失っている。
- 一人の生徒との間に特別な関係が生まれることに対する淡い期待と、職業人としてのためらい。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「プレッシャー」もあるかもしれませんが、それ以上にポジティブな心の動きが描かれています。
- 2. 「私」は田中くんのことを一方的に「気になっていた」だけで、彼は遠い存在でした。しかし、彼の方から心の内(=わからない、どう思うか)を見せてくれたことで、初めて二人の間に双方向の関係が生まれます。「うろたえた」のは、その予期せぬ歩み寄りに対する驚きです。そして、彼の真剣さを受け止め、詩に目を落とす時、「私」は単なる観察者から彼と知的な時間を共有する当事者へと変わります。最後の一文は、その新しい関係の始まりを象徴しています。
- 3. 「自信を失っている」というよりは、むしろその状況を前向きに受け止めようとしています。
- 4. 「特別な関係」や「恋愛」を示唆する記述は本文にはありません。あくまで司書と生徒との心の交流です。