現代文対策問題 56

本文

おばあちゃんの作る煮物は、いつも少し味が濃かった。僕が「濃いよ」と言うと、おばあちゃんは「そうかい」と言って、悪びれもせずに笑うのが常だった。台所に立つその後ろ姿は小さくて頼りなげなのに、料理のことになると妙に頑固だった。

僕がこの春から一人暮らしを始める前の日、おばあちゃんは僕を台所に呼んだ。そして、煮物の作り方を教えてくれると言う。僕はレシピでも書き写すのかと思ったが、おばあちゃんは計量カップもスプーンも取り出さなかった。

「いいかい。醤油はこれくらい。たらーっと一回し半」

おばあちゃんはこともなげに言う。砂糖は指でひとつまみ。みりんは鍋の縁から感覚で。僕が慌てて「それじゃ分からないよ」と言うと、おばあちゃんは初めて少し寂しそうな顔をした。

何度も作っていれば、そのうち手が覚えるんだよ。頭で覚えるんじゃない

そう言って、彼女は煮物の入った小さな鍋を僕に持たせた。「これを持っていきなさい」。僕はその鍋を受け取った。まだ温かい。僕はこの味を一人で再現できる自信はなかった。でも、おばあちゃんが本当に僕に伝えたかったのは、レシピのない料理と人生の歩き方が少し似ているということなのかもしれない。そんなことを、ふと思った。


【設問1】傍線部「何度も作っていれば、そのうち手が覚えるんだよ。頭で覚えるんじゃない」というおばあちゃんの言葉が示している考え方として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 料理は愛情さえあれば、細かい手順など気にしなくても美味しくなるという考え方。
  2. レシピのような文字に頼るのではなく、繰り返し実践することで身体で体得していく知恵の重要性。
  3. 年長者の言うことには素直に従うべきで、若者が頭でっかちに理屈を言うべきではないという考え方。
  4. 料理の本当の秘訣は家族の中でも秘密にされるべきで、安易に他人に教えるべきではないという考え方。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「愛情」も大切ですが、この言葉が直接指しているのは技術の習得方法です。
  • 2. おばあちゃんは、計量カップのような客観的で数値化された知識(=頭で覚える)よりも、長年の経験を通じて身体に染み付いた感覚的な知識(=手が覚える)を重視しています。これは、マニュアル化できない実践的な知恵や技能の伝承のあり方を示しており、この選択肢が最もその本質を捉えています。
  • 3. 若者を叱責しているのではなく、物事の学び方の本質を伝えようとしています。
  • 4. 「秘密にする」のではなく、むしろ伝えようとしていますが、その伝え方がレシピとは違うのです。

【設問2】この出来事を通じて、「僕」が、おばあちゃんから受け取ったものは何か。その説明として最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 一人暮らしですぐに役立つ、具体的な料理のレシピ。
  2. どんな困難も乗り越えられる、という力強い人生へのエール。
  3. 数値やマニュアルだけでは測れない経験の大切さと、孫を思う不器用な愛情。
  4. これからは自分の力で生きていかなければならない、という厳しい現実と自立への覚悟。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 彼はむしろ「再現できる自信はなかった」と思っており、具体的なレシピは受け取っていません。
  • 2. 「力強いエール」というよりは、もっと静かでじんわりと伝わるものです。
  • 3. 僕は最初、数値化されたレシピを期待していました。しかし、おばあちゃんが示したのは経験に裏打ちされた感覚的な知恵でした。この出来事を通して、僕は物事にはマニュアル通りにはいかない奥深い世界があることを学びます。そして、鍋を持たせてくれるという直接的な行為の中に、言葉にはならない孫への愛情を感じ取っています。最後の彼の思索が、そのことを物語っています。
  • 4. 「厳しい現実」を突きつけられたというよりは、むしろ温かいものを手渡されています。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:56