現代文対策問題 99
本文
その日、俺は引越しの荷造りをしていた。大学進学でこの町を離れるのだ。本棚の奥から一冊の古いアルバムが出てきた。中学時代のサッカー部の卒業アルバムだ。懐かしくなって手を止め、ページをめくった。
集合写真の中で、みんな少し照れくさそうに笑っている。その隣のページには、部員一人ひとりのメッセージが書かれていた。「高校でも頑張れよ」「また一緒にサッカーやろうな」。ありきたりな言葉ばかりだ。でも、その一言一言がやけに胸に沁みた。
ページの隅に、マネージャーだった由紀の文字を見つけた。彼女はいつも練習後、汚れたボールを一つ一つ丁寧に磨いてくれていた物静かな女の子だった。
「三年間、お疲れ様。君のシュート、好きだったよ」
その小さな文字を見た瞬間、俺は息をのんだ。知らなかった。三年間すぐそばにいたのに、彼女がそんな風に俺のことを見ていてくれたなんて全く知らなかった。俺は別にエースでもなんでもない、補欠の選手だったのに。
俺はアルバムを閉じた。窓の外では夕日が電線を赤く染めている。もう会うこともないかもしれない仲間たち。伝えられなかった言葉。そして、気づかなかった想い。俺はこのアルバムを新しい部屋のどこに飾ろうかと、ぼんやり考えていた。
【設問1】傍線部「三年間、お疲れ様。君の、シュート、好きだったよ」という由紀のメッセージを読んだ時の「俺」の気持ちとして、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- マネージャーとして、全ての部員に平等にお世辞を書いているのだと冷静に受け止めている。
- 補欠だった自分のプレーを見ていてくれた人がいたことへの、予期せぬ驚きと喜び。
- 当時、彼女に好意を伝えておけばよかったという後悔と切なさ。
- 自分のサッカーの才能が実は高く評価されていたのだと気づき、自信を深めている。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「息をのんだ」という彼の反応から、単なる「お世辞」として受け流してはいないことが分かります。
- 2. 「俺」は自分のことを「補欠の選手だった」と認識しており、チームの中で目立つ存在ではなかったと考えています。そんな彼にとって、マネージャーの由紀が自分のプレーを見ていてくれたばかりか「好きだったよ」と肯定してくれていたという事実は、全くの予想外でした。誰にも評価されていないと思っていた自分の努力が、実はちゃんと見ていてくれる人に届いていた。その発見が彼に大きな驚きと静かな喜びをもたらしたのです。
- 3. 「後悔」や「切なさ」より、まずはその事実に対する純粋な驚きが先に立っています。
- 4. 「自信を深めている」というよりは、過去の自分が報われたような温かい気持ちになっています。
【設問2】この物語の結末、「俺は、この、アルバムを、新しい、部屋の、どこに、飾ろうか、と、ぼんやり、考えていた」という一文から読み取れる「俺」の心境の変化として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 過去の栄光にすがり、新しい生活へ踏み出すことに不安を感じている。
- アルバムをインテリアとしてどう活用するかという現実的な問題に頭を切り替えている。
- 過去の思い出を単に懐かしむだけでなく、これからの人生を支える大切な宝物として持っていこうとしている。
- 由紀に連絡を取り、昔の気持ちを確かめたいという新たな決意を固めている。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「不安」というよりは、むしろ過去から力をもらっています。
- 2. 「インテリア」としてどうするか、という表面的な問題ではありません。
- 3. 物語の冒頭では、アルバムはただの「古いアルバム」でした。しかし、由紀のメッセージを読んだ後、このアルバムは彼にとって特別な意味を持つものに変わりました。それは単に過去を懐かしむための道具ではなく、自分の青春時代が確かに輝いていたことの証であり、これからの新しい生活を支えてくれるお守りのような存在になったのです。「どこに飾ろうか」と考える行為は、その大切な思い出をこれからも自分のそばに置いておきたいという、彼の前向きな気持ちの表れです。
- 4. 「連絡を取りたい」という具体的な行動までは示唆されていません。