現代文対策問題 98
本文
その日、私は大学の図書館で古い新聞の縮刷版を調べていた。ゼミのレポートのためだ。私が生まれた三十年前の今日。世の中ではどんな出来事があったのか。マイクロフィルムのぼんやりとした紙面を指で追いながら、私は自分の知らない過去の時間を旅していた。
政治や経済の大きな記事には興味が持てなかった。私が目を引かれたのは、片隅に載っていた小さな尋ね人の記事だった。「迷子の犬を探しています。名前はクロ。臆病な黒い雑種犬です。どんな些細な情報でも、ご連絡ください」。連絡先として個人の名前と電話番号が記されている。その切実な文章から、飼い主の悲しみがひしひしと伝わってきた。
クロは見つかったのだろうか。三十年という時間は犬の寿命をとうに超えている。飼い主だったその人も、今どうしているだろう。この記事を書いた時、その人はきっと必死だったに違いない。クロが無事に帰ってくることだけを祈っていたはずだ。
私はその記事からしばらく目が離せなくなった。私がこの世に生を受けたその同じ日に、世界のどこかでは一匹の犬がいなくなり、誰かが深く悲しんでいた。大きな歴史の流れの中では記録されることもない、無数の小さな喜びや悲しみ。それらがモザイクのように組み合わさって、一つの時代は作られている。そんな当たり前の事実に、私は今更ながら気づかされた。私の知らない三十年前の今日という一日が、急に立体的な手触りを持って私に迫ってきた。
【設問1】傍線部「私は、その記事から、しばらく、目が離せなくなった」とあるが、主人公がこの記事に特に心を引かれたのはなぜか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 自分が生まれた日に起きた悲しい出来事に、運命的なつながりを感じたから。
- 飼い主の深い愛情と喪失感を想像し、感情移入してしまったから。
- 歴史とは有名な事件だけでなく、名もない人々の生活の集積なのだと気づかされたから。
- 自分も犬を飼っていた経験があり、飼い主の気持ちが痛いほどよく分かったから。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「運命的なつながり」というよりは、もっと客観的な歴史への認識の変化が中心です。
- 2. 「感情移入」もしていますが、それがより大きな気づきへと繋がっていきます。
- 3. 主人公は当初、自分の生まれた日の歴史を調べていました。しかし、彼女の心を捉えたのは、政治や経済といった大きなニュースではなく、片隅の小さな「尋ね人」の記事でした。この記事との出会いを通じて、彼女は、歴史が教科書に載るような大きな出来事だけでできているのではなく、この記事のような記録にも残らない無数の個人の小さな物語の集合体なのだと気づきます。この発見こそが、彼女がこの記事に強く引かれた理由です。
- 4. 自分が「犬を飼っていた経験」があるとは本文には書かれていません。
【設問2】この出来事を通じて、主人公の「三十年前の今日という一日」に対する認識はどのように変化したか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 単なる過去の日付から、様々な人々の具体的な人生が息づいていた実感のある一日に変わった。
- 自分が生まれた祝福されるべき一日が、他人にとっては不幸な一日でもあったと知り、複雑な気持ちになった。
- 記録として残っている歴史の裏には、多くの隠された真実があるのだと疑うようになった。
- 自分という存在が歴史の大きな流れの中でいかにちっぽけなものであるかを痛感し、虚しさを感じた。
【正解と解説】
正解 → 1
- 1. それまで主人公にとって「三十年前の今日」とは、自分史の起点ではあっても実感の伴わない抽象的な日付でした。しかし、迷子の犬を探す飼い主の切実な思いに触れたことで、その日に生きていた名も知らぬ誰かの具体的な感情や生活を想像することができました。その結果、その一日がただの記録ではなく、生きた手触りのある時間として感じられるようになったのです。最後の「急に立体的な手触りを持って私に迫ってきた」という表現が、その変化を示しています。
- 2. 「複雑な気持ち」になったというよりは、むしろ歴史認識が深まったという知的な発見が中心です。
- 3. 「疑う」というネガティブな方向ではなく、むしろ歴史の豊かさに気づいています。
- 4. 「虚しさ」ではなく、むしろ自分もそうした無数の物語の一つなのだという歴史への新たな参加意識が芽生えています。