現代文対策問題 94
本文
その日、俺はまたしても監督に怒鳴られた。試合中のエラーが原因だった。ベンチに戻ると、チームメイトたちの視線が痛い。誰も俺を責めなかったが、その沈黙はどんな罵声よりも俺を追い詰めた。
練習後、一人グラウンドの隅でスパイクを磨いていた。泥にまみれた古いスパイク。もう何度も自分の手で修理した。悔しくて涙がこぼれそうになる。でも、ここで泣いたら全てが終わりな気がした。
「よお」
不意に声をかけられた。キャプテンの村井さんだった。彼は部で一番練習熱心で、誰よりも勝利にこだわっている。今日の試合で一番がっかりしているのも彼のはずだ。
「すみません、俺のせいで」
俺がそう言うと、彼は黙って俺の隣にしゃがみ込んだ。そして、自分のグローブを取り出すとオイルをなじませ始めた。しばらく二人で黙々と道具を手入れする時間だけが流れた。
やがて、彼がぽつりと言った。
「俺もな、去年、お前と同じエラーしたんだよ。サヨナラの場面でな」
俺は驚いて顔を上げた。そんな話、聞いたこともなかった。
「大事なのは、この後だぞ」
彼はそれだけ言うと、立ち上がってグラウンドを出ていった。俺はその大きな背中を見送っていた。胸の奥で固まっていた何かが少しだけ溶けていくのが分かった。俺はもう一度スパイクを手に取り、丁寧に磨き始めた。
【設問1】傍線部「俺もな、去年、お前と同じ、エラーしたんだよ。サヨナラの、場面でな」という村井さんの告白の意図として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 自分の過去の失敗を語ることで、主人公の失敗を些細なことだと慰めている。
- 自分も同じ経験をしたと伝えることで、主人公の孤独感を和らげ、共感を示そうとしている。
- 自分の失敗談を自慢げに語り、そんな自分でもキャプテンになれたのだと自慢している。
- 主人公のエラーの原因を分析し、具体的なアドバイスを与えようとしている。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 彼の意図は、主人公の失敗を「些細なことだ」と矮小化することではありません。
- 2. 主人公は自分のエラーでチームに迷惑をかけ、孤立感を深めています。村井さんは、そんな彼を頭ごなしに叱るのではなく、まず黙って隣で道具の手入れをします。そして、自分も過去に同じ、しかもより重大な失敗をした経験を打ち明けます。これは、お前だけではない、自分も同じ痛みを知っている、という共感のメッセージです。この告白によって、主人公を孤独から救い出し、もう一度前を向かせようとしているのです。
- 3. 「自慢」しているような雰囲気ではありません。むしろ、自分の弱さをさらけ出しています。
- 4. 「具体的なアドバイス」ではなく、もっと精神的なレベルでのサポートです。
【設問2】この出来事を通して、「俺」の心境はどのように変化したか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 自分の失敗の重大さに改めて気づき、野球を辞めたいという気持ちが強くなった。
- キャプテンの優しさに甘え、自分の失敗を反省する気持ちが薄らいだ。
- キャプテンも失敗すると知り、彼への尊敬の念が少し薄れた。
- 孤独感から解放され、失敗を乗り越えて、もう一度頑張ろうという前向きな気持ちになった。
【正解と解説】
正解 → 4
- 1. 「野球を辞めたい」という絶望的な方向ではなく、むしろ逆です。
- 2. 「甘え」ではなく、むしろ彼の言葉を真摯に受け止めています。
- 3. 「尊敬の念が薄れた」のではなく、むしろ彼の人間的な深さに触れ、尊敬の念は増したと考えられます。
- 4. チームの中で孤立し悔しさに打ちひしがれていた「俺」は、村井さんの言葉と行動によって一人ではないと感じることができました。「胸の奥で固まっていた何かが少しだけ溶けていく」という描写は、彼の孤独や絶望が和らいだことを示しています。そして、最後の「もう一度、スパイクを手に取り、丁寧に磨き始めた」という行動は、彼が再び練習に向き合う意欲を取り戻したことの象徴です。