現代文対策問題 93
本文
その日の午後、私は図書館の三階の閲覧室で本を読んでいた。窓の外は雨が降っていた。雨の日の図書館は好きだった。静かな空間に雨音とページをめくる音だけが響いている。その音の中にいると、自分が世界の他の全てから切り離された特別な場所にいるような気がした。
不意に、前の席の椅子が引かれる音がした。顔を上げると、一人の女の子が座るところだった。同じ大学の学生だろうか。見たことのない顔だった。彼女は分厚い本を開くと、すぐにその世界に没入していった。長い髪がさらりと頬にかかる。私はなぜか彼女から目が離せなくなった。
しばらくして、彼女は顔を上げ、窓の外の雨を眺めた。そして、ふと何かを思い出したように、鞄の中から小さな栞を取り出した。それは押し花で作られたしおりだった。彼女は、その栞を本のページに挟むのではなく、ただじっと指先で撫でていた。その表情は少し寂しそうにも見えた。
やがて、彼女は栞をそっと鞄にしまうと、本を閉じて席を立った。足音もなく部屋を出ていく。後に残されたのは、ほんのりとした石鹸の香りと、私の胸の中の小さなさざ波だけだった。私は彼女が読んでいた本の題名をそっと盗み見た。それは、私が何度も読み返した大好きな小説だった。
【設問1】傍線部「彼女は、その栞を本のページに挟むのではなく、ただじっと指先で撫でていた」という行動から、うかがえる彼女の心理状態として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 読書に飽きてしまい、別のことで気晴らしをしようとしている。
- 栞の繊細な作りに感心し、その芸術性を吟味している。
- 栞にまつわる個人的な思い出に浸り、物思いにふけっている。
- これから読むページを間違えないように集中力を高めている。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「読書に飽きた」というより、読書と地続きの内省的な時間と考えられます。
- 2. 「芸術性を吟味」するような客観的な観察ではなく、もっと主観的な思いが感じられます。
- 3. 栞は本来、読書の中断箇所を示すための道具です。しかし、彼女はそれを道具として使うのではなく、ただ「撫でて」います。その時の表情が「少し寂しそう」であったことから、この押し花の栞が彼女にとって単なる道具以上の、何か個人的で大切な思い出と結びついていることが推察されます。彼女は読書をきっかけに、その思い出の世界へと心を遊ばせているのです。
- 4. 「集中力を高めている」という実用的な目的とは異なる行動です。
【設問2】この物語の結末、「それは、私が何度も読み返した大好きな小説だった」という発見は、「私」にとってどのような意味を持ったか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 自分と同じ本を読む彼女に対して一方的な親近感を抱き、彼女の謎めいた行動への興味がさらに深まった。
- 自分の好きな本を彼女も読んでいたことで、自分の読書のセンスに自信を持つことができた。
- 彼女が自分の本を真似して読んでいるのだと思い込み、少し優越感を感じた。
- 偶然の一致に運命的なものを感じ、彼女に話しかける勇気が湧いてきた。
【正解と解説】
正解 → 1
- 1. それまで全く接点のなかった謎めいた女の子。しかし、彼女が自分と同じ本を愛読していると知ったことで、二人の間に目に見えない「つながり」が生まれます。この発見は、彼女の「寂しそう」な表情の理由や栞の思い出など、彼女の内面世界への想像をかき立て、彼女という存在への興味を決定的にします。物語はここで終わりますが、このささやかな共通点が今後の二人の関係の始まりを予感させる余韻を残しています。
- 2. 「自信を持つ」という自己完結的な話ではありません。関心は彼女に向かっています。
- 3. 「真似している」と考えるのは自意識過剰な解釈です。
- 4. 「話しかける勇気が湧いた」とまでは書かれていません。あくまで内面的な発見の段階です。