現代文対策問題 91
本文
私がこの街の図書館で働き始めて、もうすぐ一年になる。カウンター業務にも慣れ、常連の利用者さんの顔もだいたい覚えた。中でも私の記憶に強く残っているのは、毎週金曜日の閉館間際に決まってやってくる白髪の老婦人だ。
彼女が借りていくのはいつも海外の恋愛小説だった。それも若者向けの甘いストーリーばかり。私は、彼女が誰かのために本を借りているのだとずっと思っていた。自分の母親や、あるいは入院している友人とか。
ある日、いつものように彼女が差し出した本を処理していると、ふと、その本の表紙に描かれた若い恋人たちの絵が目に入った。私はどうしようもない好奇心に駆られて尋ねてしまった。
「失礼ですが、いつも楽しそうな本を借りていかれますね。どなたか読まれるんですか」
私の問いに、老婦人は一瞬きょとんとした顔をした。そしてすぐに、少女のようにはにかんでこう言った。
「あら、私が読むのよ。もうこんな年だけど、恋をする気持ちだけは忘れたくないじゃない」
その言葉に、私は頭を殴られたような衝撃を受けた。私は、知らず知らずのうちに、年老いた人はもう恋愛などしないものだと決めつけていたのだ。目の前の皺だらけの女性が、私と同じように物語の中の恋に胸をときめかせている。その事実は、私が持っていた年齢というものさしを鮮やかに壊してくれた。
【設問1】傍線部「あら、私が読むのよ。もう、こんな年だけど、恋をする気持ちだけは、忘れなくないじゃない」という老婦人のセリフから、どのような人柄がうかがえるか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 年齢を重ねた現実を受け入れられず、若作りをしている痛々しい人柄。
- 世間体を気にせず、自分の感情に正直で、いつまでも若々しい心を失わない人柄。
- 自分の世界に閉じこもり、現実の人間関係よりも物語の中の恋愛を優先する夢見がちな人柄。
- 若い世代に対して、人生の先輩として恋愛の素晴らしさを説こうとするお説教好きな人柄。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「痛々しい」という否定的なニュアンスは、本文の「少女のようにはにか」む姿からは感じられません。
- 2. 老婦人は、私が勝手に抱いていた「年老いた人は恋愛小説など読まない」という偏見を軽やかに覆します。「こんな年だけど」と自覚しつつも、恋愛物語を楽しむ自分の気持ちを恥じることなく素直に口にしています。これは、年齢という社会的な枠組みにとらわれず、自分の感情や好奇心を大切にし続ける、自由で若々しい精神の持ち主であることを示しています。
- 3. 「現実の人間関係より物語を優先」しているとまでは言い切れません。
- 4. 「お説教」をするような態度ではなく、あくまで自分の気持ちを素直に述べただけです。
【設問2】この出来事を通して、「私」の心境はどのように変化したか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 老婦人の意外な告白に衝撃を受け、彼女に対する興味が完全に失せた。
- 年長者に対してプライベートな質問をすべきではなかったと深く後悔した。
- 自分が年齢に対する無意識の偏見を持っていたことに気づき、恥ずかしく思った。
- 老婦人のようにいつまでも情熱的に生きるべきだと感銘を受け、自分の生き方を見直した。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「興味が失せた」のではなく、むしろ彼女への見方が変わりました。
- 2. 「後悔」したとは書かれていません。むしろ、重要な気づきを得ています。
- 3. 「私」は、老婦人の言葉に「頭を殴られたような衝撃を受けた」と感じ、その理由を「知らず知らずのうちに、年老いた人はもう恋愛などしないものだと、決めつけていたのだ」と分析しています。これは、彼女が自分の中にあった年齢に対する固定観念や偏見に初めて気づかされた瞬間です。その気づきは、彼女にとって「恥ずかし」さを伴うものであり、自分の視野の狭さを反省するきっかけとなりました。
- 4. 「自分の生き方を見直した」とまでは本文に書かれていません。まずは自分の偏見に気づいたという段階です。