現代文対策問題 90
本文
その日、俺は親父の軽トラックに乗って、隣町まで野菜を届けに行った。親父は農家だった。いつも土と汗の匂いがする、無口な男だった。俺はそんな親父があまり好きではなかった。もっと格好いい父親が良かったと、ずっと思っていた。
届け先の八百屋の店先で荷下ろしを手伝っていると、店のおばちゃんが冷たい麦茶を出してくれた。親父は「おう」とだけ短く答えて、うまそうにそれを飲み干す。
「太郎も大きくなったねえ。お父さんにそっくりだ」
おばちゃんがそう言うと、俺は少しむっとした。嬉しくもなんともなかった。
帰り道、軽トラックが急に道端に止まった。エンジントラブルだった。親父は舌打ちを一つすると、車から降りてボンネットを開けた。途方に暮れる俺を尻目に、親父は黙々と作業を始めた。その油と泥にまみれた太い指先は、まるで畑を耕す時のように手際が良かった。
三十分ほど経っただろうか。親父は額の汗を手の甲でぬぐうと、「乗れ」とだけ言った。エンジンは何事もなかったかのようにかかった。走り出した軽トラックの助手席で、俺は親父の横顔を盗み見た。その顔は相変わらず仏頂面だった。でも、その日に焼けた深い皺の一つ一つが、俺には今まで見たどんな父親の顔よりも、少しだけ格好よく見えた。
【設問1】傍線部「走り出した軽トラックの助手席で、俺は親父の横顔を盗み見た」とあるが、この時の「俺」の心情として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 父親の意外な一面を見たことで、これまでの自分の父親に対する見方を見直し始めている。
- 父親のせいで道端で立ち往生したことへの怒りがまだ収まらず、反抗的な気持ちで父親を睨んでいる。
- 父親が本当に車を直せたのか疑っており、不安な気持ちでその表情をうかがっている。
- 父親も年老いて疲れているのだと気づき、同情と憐れみの気持ちを抱いている。
【正解と解説】
正解 → 1
- 1. 「俺」は、これまで父親を「あまり好きではなかった」と感じていました。しかし、エンジントラブルという予期せぬ事態に直面し、それを自分の力で黙々と解決する父親の姿を目の当たりにします。その頼もしい姿は、彼が抱いていた父親のイメージを覆すものでした。最後の「少しだけ、格好よく見えた」という一文は、彼の心の中で父親への評価が変わり始めたことを示しています。
- 2. 「怒り」や「反抗的な気持ち」はもう消えています。むしろ、肯定的な感情が芽生えています。
- 3. 「疑っている」のではなく、むしろその技術力に感心しています。
- 4. 「同情」や「憐れみ」ではなく、尊敬に近いポジティブな感情です。
【設問2】この物語において、軽トラックの「エンジントラブル」は、どのような役割を果たしたか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 父親の機械に対する知識の乏しさを露呈させ、その権威を失墜させる役割。
- 主人公に家業を継ぐことの大変さを実感させ、自立を促す役割。
- 日常の中に潜む危険を暗示し、物語全体に緊張感を与える役割。
- 主人公が父親の知らなかった一面を発見し、二人の関係性が変化するきっかけとなる役割。
【正解と解説】
正解 → 4
- 1. 「権威を失墜させる」のではなく、むしろその逆です。父親の頼もしさが示されました。
- 2. 「家業を継ぐ」という話にはなっていません。
- 3. 「緊張感」を与えるというよりは、むしろ父子の心の交流を生むきっかけとなっています。
- 4. この物語は、父親を格好悪いと思っていた息子が、ある出来事を通じて父親を見直すという構成になっています。その「ある出来事」が、このエンジントラブルです。この予期せぬトラブルがなければ、息子は父親の普段の仕事とは違う頼もしい側面を知ることはありませんでした。つまり、このハプニングは、二人の心理的な距離を縮めるための重要な転換点として機能しているのです。