現代文対策問題 88

 

本文

 

    その日の放課後、俺は図書委員の仕事で古い本の整理をしていた。書庫の隅で、誰も読まなくなった分厚い全集を棚から下ろしては、埃を払う。退屈な作業だった。窓の外からは運動部の威勢のいい声が聞こえてくる。俺は自分がひどくみじめな存在に思えた。

    同じく図書委員の鈴木さんも、隣で黙々と作業をしていた。彼女はクラスでも物静かで、ほとんど話したことがない。ただ、時々彼女が読む本の意外なタイトルに驚かされることがあった。

    「あ」

    鈴木さんが小さな声を上げた。彼女が手にしていた古い植物図鑑から、一枚の押し花がはらりと床に落ちたのだ。それはもうすっかり色褪せたスミレの花だった。

    「ごめんなさい、私がやるから」

    慌てて拾おうとする俺を、彼女は手で制した。そして、自分でその小さな花をそっと拾い上げると、慈しむように手のひらに乗せた。

    「きっと、誰かの宝物だったんだろうね

    彼女は誰に言うともなくそう呟いた。その横顔は、俺が今まで見たどんな彼女の表情よりも優しく見えた。俺は、自分の仕事がただの退屈な作業ではないのかもしれないと、その時初めて思った。俺たちは、誰かの忘れられた宝物を次の時代に手渡すための門番なのかもしれない。  

 
 

【設問1】傍線部「きっと、誰かの宝物だったんだろうね」という鈴木さんの言葉からうかがえる、彼女の性格として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

 
       
  1. 古いものに特別な価値を見出し、感傷に浸りやすいロマンチストな性格。
  2.    
  3. 忘れられた物の背景にある持ち主の物語を想像することができる、繊細で思いやりのある性格。
  4.    
  5. 科学的な視点から、押し花の価値を冷静に分析しようとする知的な性格。
  6.    
  7. 図書委員として、本の間に挟まっていた異物を規則通りに処理しようとする真面目な性格。
  8.  
 
    【正解と解説】    
     

正解 → 2

     
           
  • 1. 「ロマンチスト」というよりは、もっと地に足のついた他者への想像力が感じられます。
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  • 2. 鈴木さんは、ただの古い押し花を見て、それを「誰かの宝物」だと表現しました。これは、単なる「モノ」としてではなく、かつてそれを作ったであろう名も知らぬ人の気持ちや物語に思いを馳せていることを示しています。物言わぬモノの背後に人の生きた証を感じ取る、彼女の繊細な感性と、その見えない誰かへの温かい想像力がこの一言に表れています。
  •        
  • 3. 「科学的な分析」とは正反対の、文学的な感性です。
  •        
  • 4. 「規則通りに処理」しようとしているのではなく、むしろその押し花を慈しんでいます。
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【設問2】この出来事をきっかけに、「俺」の気持ちはどのように変化したか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

 
       
  1. 鈴木さんの意外な一面を知り、彼女に対して淡い恋心を抱くようになった。
  2.    
  3. 自分の仕事が歴史的な価値を持つ重要なものであることに気づき、誇りを持つようになった。
  4.    
  5. 退屈だと感じていた図書委員の仕事に、誰かの大切な思いを未来へ繋ぐという新しい意味を見出すようになった。
  6.    
  7. 自分も鈴木さんのように感受性豊かな人間になりたいと強く思うようになった。
  8.  
 
    【正解と解説】    
     

正解 → 3

     
           
  • 1. 「恋心」とまで断定するのは飛躍しすぎです。あくまで彼女への見方が変わった段階です。
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  • 2. 「歴史的な価値」というよりは、もっと個人的で情緒的な価値です。
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  • 3. 当初、俺は自分の仕事を「退屈な作業」であり「みじめな存在」だと感じていました。しかし、鈴木さんの言葉をきっかけに、自分たちが扱っている古い本が、単なるモノではなく、誰かの「宝物」や「忘れられた物語」を内包している可能性に気づきます。その結果、自分の仕事が「誰かの大切な思いを次の時代に手渡す門番」のような、意義深い役割を担っているのかもしれないと考えを改めます。これは、仕事に対する認識の根本的な変化です。
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  • 4. 彼女の感受性に感銘は受けたでしょうが、物語の中心はあくまで彼自身の仕事に対する意味づけの変化です。
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レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:88