現代文対策問題 85
本文
俺が小学生の頃、近所に雷じいさんと呼ばれる老人が住んでいた。いつも難しい顔をして、子供が騒いでいると「やかましい!」と怒鳴る。みんな雷じいさんを怖がって、家の前を通る時は息を潜めたものだ。
ある夏の日、俺は友達と野球をしていて、ボールを雷じいさんの家の庭に入れてしまった。みんな顔を見合わせ、押し黙る。俺が一番年上だった。仕方なく、俺は一人で謝りに行った。
「すみません、ボールを取らせてください」
震える声でそう言うと、縁側で将棋を指していた雷じいさんは、ぎろりと俺を睨んだ。やっぱり怒られる。そう覚悟した時だった。
「……ヘボが。そんなところに打ち込んでどうする」
そう吐き捨てるように言うと、雷じいさんはゆっくりと立ち上がり、庭に降りてボールを拾ってくれた。そして、俺にボールを投げ返しながらこう言った。
「腰が入っとらん。もっと、こう、ぐっと腰を入れて振らんか」
そう言って、彼は見えないバットを振る真似をしてみせた。そのフォームは、驚くほど滑らかできれいだった。俺は呆気にとられて、その姿を見ていた。雷じいさんはそれだけ言うと、また縁側に戻り、将棋盤に向かってしまった。俺はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
【設問1】傍線部「腰が入っとらん。もっと、こう、ぐっと腰を入れて振らんか」という、雷じいさんの言葉や行動からうかがえる、彼の意外な一面として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 子供が大好きで、本当は一緒に野球をしたいと思っている。
- 口は悪いが根は親切で、子供のすることについ口を出してしまう世話好きな一面。
- 元プロ野球の選手で、自分の技術を誰かに伝えたくてうずうずしている一面。
- 自分の若い頃の体験を自慢するのが好きな、自己顕示欲の強い一面。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「子供が大好き」とまでは断定できません。あくまで、ぶっきらぼうな態度です。
- 2. 雷じいさんは「やかましい!」と怒鳴る怖い老人だと思われていました。しかし、ボールを取ってくれた上に、野球のアドバイスまでしてくれます。「ヘボが」という言い方は乱暴ですが、その行動の根底には、子供の未熟さを放っておけない世話好きな気質がうかがえます。これは、これまでの彼のイメージを覆す意外な一面です。
- 3. 「元プロ野球選手」かどうかは分かりません。フォームがきれいなだけです。
- 4. 「自慢」というよりは、むしろとっさに出てしまったアドバイスという印象です。
【設問2】この出来事を通して、「俺」の雷じいさんに対する見方はどのように変化したか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 雷じいさんの本当の優しさに気づき、これからは積極的に彼と関わっていきたいと思うようになった。
- ただ怖いだけの老人だと思っていたが、その意外な一面に触れ、興味と戸惑いを感じている。
- 野球の指導を受けたことで、彼を人生の師として尊敬するようになった。
- 彼の厳しい言葉の裏にある愛情を理解し、恐怖心が完全になくなった。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「積極的に関わっていきたい」とまで思うようになったかは分かりません。まだ少し距離感があります。
- 2. 「俺」はこれまで、雷じいさんを「怖い」という一面的なイメージでしか捉えていませんでした。しかし、この出来事を通じて、彼がただ怒鳴るだけの老人ではないことを知ります。ぶっきらぼうな優しさ、野球への詳しさ。そうした未知の側面に触れたことで、彼の人間像はより複雑で興味深いものへと変わりました。「呆気にとられて」「立ち尽くしていた」という描写は、その予期せぬ発見に対する戸惑いと驚きを表しています。
- 3. 「人生の師」とまで思うのは、少し大げさな解釈です。
- 4. 「恐怖心が完全になくなった」かどうかはまだ分かりません。ただ、見方が変わったという段階です。