現代文対策問題 84

 

本文

 

    その日、私と妹は母に頼まれて祖母の家の掃除に行った。祖母は先月亡くなった。誰もいなくなった家は、がらんとしてひどく静かだった。私たちは窓を開けて空気を入れ替え、黙々と床を拭いたり家具の埃を払ったりした。

    妹が、祖母の寝室だった和室を掃除していた時だった。「お姉ちゃん、これ見て」と言う声がした。行ってみると、妹が古い桐の箪笥の一番下の引き出しを開けていた。中には、上等な和紙に包まれた小さな箱が一つだけ入っていた。

    「開けてもいいかな」

    妹の言葉に、私は頷いた。箱の中に入っていたのは、小さな赤ん坊のための産着だった。丁寧に手で縫われた、白い麻の産着。その小ささに、私たちは息をのんだ。

    「これ、誰のだろう」

    「さあ……。お母さんのかな。それとも、叔父さんのかも」

    私たちは、その小さな産着を前にして言葉を失っていた。祖母がこの小さな服に、どれほどの愛情を込めて針を動かしたのだろう。生まれてくる我が子への期待と喜び。その全てが、この一枚の布に縫い込められているようだった。それは、私たちが直接知らない、祖母の母親としての時間のかけらだった。私たちはその小さな宝物を、そっと元の箱に戻した。  

 
 

【設問1】傍線部「私たちは、その小さな産着を前にして言葉を失っていた」とあるが、この時の姉妹の心情として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

 
       
  1. 高価そうな骨董品を発見したことへの驚きと興奮。
  2.    
  3. 祖母のプライベートな遺品を見てしまったことへの罪悪感と好奇心。
  4.    
  5. 自分たちの知らない祖母の深い愛情の証に触れ、厳粛な気持ちになっている。
  6.    
  7. 産着の持ち主が誰なのかという謎を解き明かしたいという強い探求心。
  8.  
 
    【正解と解説】    
     

正解 → 3

     
           
  • 1. 「骨董品」としての価値ではなく、もっと情緒的な価値を感じています。
  •        
  • 2. 「罪悪感」というよりは、むしろ感動に近い感情です。
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  • 3. この産着は、単なる古い服ではありません。それは、祖母が母親であった時代の愛情の結晶です。「丁寧に手で縫われた」という描写からも、その思いの深さが伝わってきます。姉妹は、この産着を通じて自分たちが生まれる前の祖母の人生の一端に触れ、その深い愛情の存在に心を打たれているのです。「言葉を失っていた」のは、その厳かで神聖な気持ちの表れです。
  •        
  • 4. 「謎を解き明かしたい」という知的な好奇心よりは、もっと直感的な感動が中心です。
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【設問2】この物語において、発見された「産着」はどのような役割を果たしているか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。

 
       
  1. 姉妹に家族のルーツを意識させ、自らのアイデンティティを見つめ直させるきっかけ。
  2.    
  3. 姉妹が知らなかった祖母の人生の一断面を見せ、彼女への理解と愛情を深めさせる媒体。
  4.    
  5. 祖母の生前の苦労や悲しみを暗示し、姉妹に同情を誘うための小道具。
  6.    
  7. 姉妹の間に隠された家族の秘密を暴き、物語にサスペンスを与える要素。
  8.  
 
    【正解と解説】    
     

正解 → 2

     
           
  • 1. 「アイデンティティを見つめ直す」という大げさな話ではなく、もっと個人的な祖母への思いが中心です。
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  • 2. 姉妹が知っている祖母は、あくまで「おばあちゃん」としての祖母でした。しかし、この産着は彼女がかつて若い「母親」であったという事実を生き生きと伝えます。産着という「モノ」を通じて、姉妹は祖母の別の顔、別の人生に触れることができました。その結果、彼女たちは祖母という人間をより深く多面的に理解し、愛情を新たにするのです。産着は、過去と現在を繋ぐ媒体として機能しています。
  •        
  • 3. 「苦労」や「悲しみ」ではなく、むしろ「愛情」や「喜び」を象徴しています。
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  • 4. 「サスペンス」のような要素は、この物語にはありません。
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レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:84