現代文対策問題 83
本文
その夜、風が強かった。俺はアパートの部屋でレポートを書いていたが、ビュービューと唸りを上げる風の音で集中できなかった。窓がガタガタと揺れ、まるでこの古い建物が今にも飛ばされてしまいそうだった。
真夜中を過ぎた頃、突然部屋の電気が消えた。停電だった。パソコンの画面も真っ暗になり、部屋は完全な闇に包まれた。静寂の中で、風の音だけが一層大きく聞こえる。心細くなって、俺は机の上で手探りで煙草を探した。
ライターの小さな炎が、一瞬だけ部屋を照らす。その頼りない光の中で、俺は本棚の一番上に飾ってある一枚の写真に目をやった。小学生の頃の家族写真だ。キャンプ場で撮った写真で、俺も妹も日焼けして笑っている。その隣で、若い父と母も同じように笑っていた。
あの頃は、停電なんてしょっちゅうだったな、と思う。台風が来るたびに、家中のロウソクを集めて家族四人、リビングでトランプをした。外の嵐とは対照的に、ロウソクの炎に照らされた家の中は、不思議と温かくて安全な場所に思えた。あの夜の匂いを、俺は今でも覚えている。
停電は一時間ほどで復旧した。突然ついた蛍光灯の白い光が、やけに眩しい。俺はパソコンの電源を入れ直したが、もうレポートを書く気にはなれなかった。ただ本棚の写真を眺めながら、もう二度と戻らないあの夜のことを考えていた。
【設問1】傍線部「あの頃は、停電なんてしょっちゅうだったな、と思う」とあるが、主人公が停電をきっかけに思い出した子供時代の記憶はどのようなものか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 災害の恐ろしさと、それに備えることの重要性を学んだ教訓的な記憶。
- 不便な状況の中で家族が一つになり、温かい時間を過ごした幸福な記憶。
- 文明の利器がないと何もできない、自分の無力さを痛感した苦い記憶。
- 両親が自分たちを守ってくれる絶対的な存在であった、安心感に満ちた記憶。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「教訓」というよりは、もっと情緒的な思い出です。
- 2. 主人公が回想しているのは、停電という不便な状況そのものではなく、その中で家族と過ごした時間です。「外の嵐とは対照的に、家の中は不思議と温かくて、安全な場所に思えた」という記述から、彼にとって停電は、むしろ家族の絆を深める特別なイベントであったことが分かります。この選択肢は、その幸福な記憶の核心を的確に捉えています。
- 3. 「無力さ」というネガティブな感情は描かれていません。
- 4. 「両親が守ってくれる」という側面もありますが、より中心は家族全員で過ごした「温かい時間」そのものです。
【設問2】この物語の結末における主人公の心境として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 停電が復旧したことに安堵し、すぐにレポートの作業に戻ろうとしている。
- 過去の思い出に浸ることで、現在の孤独とレポートの煩わしさから逃避している。
- 過去の家族の温かい記憶と、現在の一人暮らしの孤独を対比させ、郷愁と一抹の寂しさを感じている。
- 子供時代の楽しかった記憶を原動力に、目の前の課題に前向きに取り組もうと決意している。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「もうレポートを書く気にはなれなかった」とあり、作業には戻っていません。
- 2. 「逃避」というよりは、過去との静かな対話です。
- 3. 停電というハプニングがきっかけで、彼は温かい家族の記憶を思い出しました。しかし、電気が復旧し「やけに眩しい」蛍光灯の光に照らし出されたのは、一人きりのアパートの部屋という現実です。この過去と現在の鮮やかな対比が、彼の心に家族と過ごした時間への強い郷愁と、もうあの頃には戻れないのだという静かな寂しさを呼び起こしたのです。
- 4. 「前向きに取り組もうと決意」しているのではなく、むしろ感傷に浸り、手が止まってしまっています。