現代文対策問題 82

 

本文

 

    その日、私は本屋でアルバイトをしていた。夕方の一番混み合う時間帯だ。レジには長い列ができ、私は機械的に本のバーコードを読み取り、会計を繰り返していた。そんな慌ただしい中で、一人の少年が私の列に並んでいるのが目に入った。

    小学生だろうか。小さな手で、一冊の分厚い図鑑を大事そうに抱えている。自分の番が来ると、彼はその図鑑をそっとカウンターに置いた。値段を打ち込むと、五千円を少し超えた。彼が差し出したのは、しわくちゃの千円札が一枚と、あとは大量の小銭だった。掌に握りしめられて汗ばんだ硬貨たち。

    私は黙って、その小銭をトレイの上で数え始めた。百円玉、五十円玉、そして大半は十円玉と一円玉だった。後ろに並んでいる客のいらだった視線が、背中に突き刺さる。早くしなければ。焦る私の耳に、少年のか細い声が届いた。

    「あの……足りてますか」

    不安そうな瞳が私を見上げている。私は数える手を止めずに、笑顔で答えた。

    「大丈夫。ヒーローが秘密基地の設計図を手に入れるには、これくらいの試練はつきものだからね

    私の言葉の意味が分かったのかどうか。少年はぽかんとしていたが、やがてはにかむように笑った。会計を終え、図鑑を入れた袋を渡すと、彼は何度もお辞儀をして店を出ていった。後ろの客はまだ少し不機嫌そうだったけれど、私にはどうでもよかった。  

 
 

【設問1】傍線部「大丈夫。ヒーローが秘密基地の設計図を手に入れるには、これくらいの試練はつきものだからね」という、「私」の言葉の意図として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

 
       
  1. 少年をからかうことで場の緊張をほぐし、自分のペースを取り戻そうとしている。
  2.    
  3. 少年が時間をかけてお金を貯めた努力を称え、彼の買い物を特別な出来事として演出してあげようとしている。
  4.    
  5. 後ろの客に聞こえるように言うことで、子供相手にイライラすべきではないと間接的にたしなめている。
  6.    
  7. 自分が子供の頃に夢見たヒーローへの憧れを語ることで、少年との連帯感を示そうとしている。
  8.  
 
    【正解と解説】    
     

正解 → 2

     
           
  • 1. 「からかう」という意地悪なニュアンスではありません。温かいユーモアです。
  •        
  • 2. 「私」は、少年にとってこの図鑑がただの本ではなく、努力して手に入れる宝物のような存在であることを察しています。そこで、彼の行動をヒーローの冒険になぞらえ、図鑑を「秘密基地の設計図」、小銭を数える時間を「試練」と表現しました。これは、彼の購買体験を単なる会計作業から、物語性のある特別なイベントへと昇華させるための優しい言葉です。少年の気持ちに寄り添う思いやりが表れています。
  •        
  • 3. 主な目的は、あくまで目の前の少年への語りかけです。
  •        
  • 4. 「連帯感」を示すというよりは、少年の気持ちを肯定し、彼の世界観に合わせてあげるという配慮が中心です。
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【設問2】この出来事を経た後の「私」の心情として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

 
       
  1. 機転の利いた対応でその場を収めた、自分の仕事ぶりに満足している。
  2.    
  3. 少年の純粋な姿に心を洗われ、日々の仕事の中で忘れかけていた大切な気持ちを思い出している。
  4.    
  5. せっかちな客の態度に腹を立て、世の中の不寛容さに対する憤りを感じている。
  6.    
  7. 少年との出会いをきっかけに、書店でのアルバイトに新たなやりがいを見出している。
  8.  
 
    【正解と解説】    
     

正解 → 2

     
           
  • 1. 「自分の仕事ぶりに満足」という自己評価よりは、少年との心の交流そのものに価値を感じています。
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  • 2. 冒頭で、私は仕事を「機械的に」こなし、客の列に「いらだった視線」を感じていました。しかし、少年のひたむきな姿と、それに応えようとする自分の中の優しい気持ちの発見は、そんなささくれた心を潤します。最後の「後ろの客はまだ少し不機嫌そうだったけれど、私にはどうでもよかった」という一文は、彼女が他人の評価や効率よりも、今目の前で起きた温かい心の交流の方を大切に思ったことを示しています。
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  • 3. 「憤り」を感じてはいますが、それが最後の気持ちの中心ではありません。「どうでもよかった」と乗り越えています。
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  • 4. 「新たなやりがい」というほど大げさな変化ではなく、日常の中のささやかな救いとして描かれています。
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レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:82