現代文対策問題 81
本文
その日の理科室は、アルコールの匂いがした。顕微鏡を覗き込む授業だった。私は、ミカと同じ班だった。ミカはクラスで一番成績が良く、いつも自信に満ち溢れていた。私は、そんな彼女が少し苦手だった。
先生がプレパラートを配る。今日の観察対象はミジンコだ。私はピントを合わせようと必死にハンドルを回すが、視野はぼやけたまま。ミジンコは小さな点のようにしか見えない。
「貸して」
隣で早々に観察を終えたミカが言った。彼女は私の顕微鏡をひったくると、慣れた手つきでピントを合わせた。
「はい。これで見えるでしょ」
その口調は、どこか私を見下しているように感じられた。悔しくて唇を噛む。覗き込んだ視野の中では、ミジンコが心臓を動かしながら元気に泳いでいた。とても小さくてか弱い生き物。それなのに、必死で生きている。
授業の終わり、ミカが私に小さなメモを渡してきた。また何か嫌味だろうか。そう思って開くと、そこには驚くほど緻密で正確なミジンコのスケッチが描かれていた。そして、その下に小さな文字でこう書かれていた。
「さっきはごめん。本当は私、こういうのちょっと怖くて苦手なの。だから、早く終わらせたかった」
私はそのスケッチと文字を何度も見比べた。ミジンコの絵は、まるで生きているかのようだった。
【設問1】傍線部「驚くほど緻密で正確なミジンコのスケッチが描かれていた」という事実から、分かるミカの性格として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 成績優秀で何事もそつなくこなすが、実は不器用な一面もある。
- 自分が興味を持ったことには驚異的な集中力を発揮する、探究心の強い性格。
- 表面上は強気に振る舞っているが、内面には繊細で臆病な部分を抱えている。
- 自分の画力を見せつけることで相手を威圧し、優位に立とうとする競争心の強い性格。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. スケッチは「緻密で正確」であり、彼女が「不器用」であるとは言えません。
- 2. 彼女は、ミジンコを観察することを「怖くて苦手」だと告白しており、「興味を持った」わけではありません。
- 3. ミカは、クラスで一番成績が良く「自信に満ち溢れ」ているように見えます。私の顕微鏡をひったくる態度も、強気な印象を与えます。しかしその一方で、実はミジンコを見るのが「怖い」という臆病な一面を持っています。このスケッチとメモは、彼女の外面的なイメージ(強気)と内面的な本質(繊細さ)とのギャップを示しています。
- 4. スケッチは「見せつける」ためではなく、謝罪の気持ちを伝えるためのメモに添えられたものです。
【設問2】この出来事を通して、「私」のミカに対する見方はどのように変化したか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- ミカの意外な弱さを知ったことで、彼女を見下す気持ちが芽生えた。
- ミカが自分に謝ってきたことで、彼女に対する苦手意識がなくなり、親近感を抱いた。
- ミカの完璧に見える姿の裏に隠された人間的な一面に触れ、彼女への印象が大きく変わった。
- ミカの優れたスケッチの才能に嫉妬し、彼女への対抗意識がより一層強くなった。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「見下す」というネガティブな感情は読み取れません。むしろ、驚きが中心です。
- 2. 「親近感」もあるかもしれませんが、より本質的なのは、ミカという人間への認識そのものが変わったことです。
- 3. 「私」は、ミカのことを「自信に満ち溢れ」「自分を見下している」ような、完璧で少し冷たい人間だと思っていました。しかし、メモに書かれた正直な告白と緻密なスケッチは、彼女がただの優等生ではなく、臆病さや優しさを併せ持つ複雑な人間であることを示しています。この出来事を通じて、「私」はミカの知らなかった人間的な側面に触れ、これまでの一方的な見方が覆されたのです。
- 4. 「嫉妬」や「対抗意識」は、この物語の穏やかな結末とは合いません。