現代文対策問題 80
本文
俺は電車の連結部分の近くに立って、窓の外を見ていた。向かいのホームを走り去っていく反対方向の電車。その窓の一つに、見覚えのある横顔が見えた気がした。高校時代、同じクラスだった山本だ。確かめようもなかったが、きっとそうだ。あいつもこの都会のどこかで生きている。
山本とは、別に仲が良かったわけではない。クラスでも目立たない二人だった。ただ、一度だけ忘れられない記憶がある。卒業式の前日、誰もいない教室で二人きりになった時、あいつがぽつりと言ったのだ。
「なあ、俺たち、十年後何してるかな」
ありふれた問いだった。でも、俺はうまく答えられなかった。未来なんて想像もつかなかったからだ。
「まあ、どこかで生きてはいるだろ。お互い」
あいつはそう言って、寂しそうに笑った。それが、あいつと交わした最後の言葉だった。
電車が大きな鉄橋を渡る。眼下に広がる灰色の川面を見ながら、俺は十年以上前のあの日のことを考えていた。あいつの言った通りだ。俺たちは、どこかで生きている。あの頃夢見た自分とは違う姿で、違う生活を送りながら。それでも、同じ空の下で。そう思うと、不思議と悪くない気分だった。
【設問1】傍線部「まあ、どこかで、生きては、いるだろ。お互い」という山本のセリフに込められた気持ちとして、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 卒業後の自分の将来に対する具体的な希望と自信。
- 輝かしい未来を描けないまま社会に出ていくことへの、漠然とした不安と諦め。
- 友人である「俺」となら、どんな困難も乗り越えていけると信じる前向きな気持ち。
- 未来がどうなるかは分からないが、まずは生きていこうというささやかな決意と仲間意識。
【正解と解説】
正解 → 4
- 1. 「具体的な希望と自信」があれば、「寂しそうに笑」ったりはしないでしょう。
- 2. 「諦め」という、完全にネガティブな感情だけではありません。「生きてはいるだろ」という言葉には、最低限の肯定感が含まれています。
- 3. 「どんな困難も乗り越えていける」というような強い連帯感ではなく、もっと淡々とした距離感があります。
- 4. 山本もまた「俺」と同じように未来が見えない不安を抱えています。しかし、その不安な状況の中で「まあ、どこかで生きてはいるだろ」と言う。これは、大きな夢や希望を語るのではなく、ただ「生き続ける」ということ自体にささやかな価値を見出そうとする態度です。「お互い」という言葉には、同じ不安を共有する仲間としての意識が込められています。
【設問2】すれ違う電車の中に山本らしい人影を見つけた後の「俺」の心境の変化として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 昔の友人と偶然すれ違ったことで、過去の思い出に浸り、現実から逃避している。
- 山本の現在の姿が気になり、連絡を取って再会したいという気持ちが高まっている。
- かつての友人との約束を思い出し、自分の今の生き方が正しいのか深く悩み始めている。
- 高校時代の何気ない一言をきっかけに、今の自分の人生を静かに肯定的に受け止めている。
【正解と解説】
正解 → 4
- 1. 「現実から逃避」しているのではなく、むしろ現在の自分の生き方を過去と接続させて考えています。
- 2. 「再会したい」という具体的な行動への意欲は書かれていません。変化は、あくまで内面的なものです。
- 3. 「深く悩み始めている」というネガティブな方向ではなく、むしろポジティブな感慨にふけっています。
- 4. 山本の「どこかで生きてはいるだろ」という言葉を思い出した「俺」は、その言葉通りに自分も山本も今生きていることを実感します。そして「あの頃夢見た自分とは違う姿」であっても、それでも「同じ空の下で」生きているという事実そのものを「不思議と、悪くない気分だった」と静かに肯定しています。これは、過去とのつながりを再確認することで、現在の自分を受け入れるという心の動きを示しています。