現代文対策問題 79
本文
その日の午後、私は祖母の見舞いに病院へ行った。病室のドアをそっと開けると、祖母はベッドの上で体を起こし、窓の外を眺めていた。いつも強気で冗談ばかり言っている祖母。でも、その背中は白い病院着のせいか、いつもよりずっと小さく見えた。
「来たのかい」
祖母は私に気づくと、いつものように笑ってみせた。でも、その笑顔はどこか力ない。
「うん。これ、庭の紫陽花。きれいだったから」
私は、持参した小さな花瓶をベッドサイドのテーブルに置いた。薄紫色の瑞々しい花びらが、無機質な病室の空気を少しだけ和らげる。
「そうかい。ありがとうね」
祖母は花には一瞥もくれず、また窓の外に目をやった。しばらく沈黙が続いた。何か話さなければ。そう思うのに、言葉が出てこない。祖母の病状のことは聞けなかった。聞くのが怖かった。
「あの雲、クジラみたいだねえ」
不意に、祖母が言った。私が窓の外を見ると、大きな入道雲がゆっくりと空を泳いでいた。確かにクジラの形に見えなくもない。
「本当だね」
私がそう答えると、祖母は子供のように少し笑った。その時、私は気づいた。祖母はきっと、私に心配をかけまいとして、必死で当たり障りのない話題を探してくれたのだ。その不器用な優しさが、痛いほど胸に沁みた。
【設問1】傍線部「あの雲、クジラみたいだねえ」という祖母のセリフの意図として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 病気の苦痛から逃れるため、空想にふけり現実から目をそむけようとしている。
- 孫娘との気まずい沈黙を破り、重い空気を和らげようとしている。
- 自分の死期が近いことを悟り、クジラという雄大なイメージに自分の魂を重ね合わせている。
- 本当に伝えたい大切なメッセージを、雲の形を借りて比喩的に伝えようとしている。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「現実から目をそむけよう」としているのは、むしろ病状について聞けない「私」の方です。
- 2. 孫娘である「私」が自分の病状を心配し言葉を失っていることを、祖母は敏感に察しています。そこで、あえて病気とは全く関係のない目の前の雲の話をすることで、孫娘の気持ちを楽にさせ、重苦しい場の空気を変えようとしているのです。これは、いつも強気な彼女らしい、不器用ながらも深い思いやりから出た言葉です。
- 3. 「死期」や「魂」といった解釈は、少し飛躍しすぎています。もっと目の前の状況に即した意図と考えるべきです。
- 4. 「大切なメッセージ」というよりは、むしろ深刻な話題を避けるための何気ない言葉です。
【設問2】この出来事を通じて、「私」が気づいたこととして、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 祖母の病状が、自分が思っていたよりも深刻であるという厳しい現実。
- 言葉を交わさなくても心で通じ合える家族の絆の深さ。
- いつも強気な祖母が見せた弱さと、孫娘である自分を気遣う深い優しさ。
- 死を前にした人間の精神的な強さと、自然への畏敬の念。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「病状が深刻」かどうかは、この場面からは断定できません。
- 2. むしろ、言葉が出てこないコミュニケーションの難しさが描かれています。
- 3. 「私」は、祖母を「いつも強気で冗談ばかり言っている」人だと思っていました。しかし、病室での祖母は「小さく見え」「笑顔はどこか力ない」。この普段との違いに、彼女の弱さを感じ取ります。そして、その弱さを隠すかのように自分を気遣ってくれる祖母の姿に、彼女の本質的な優しさを改めて発見するのです。最後の「不器用な優しさが、痛いほど胸に沁みた」という一文が、その気づきを象徴しています。
- 4. 「自然への畏敬の念」は、この物語の中心的なテーマではありません。