現代文対策問題 78
本文
その日、私は押し入れの奥から古い八ミリ映写機を見つけた。父が若い頃に使っていたものだ。父はもういない。試しに電源を入れてみると、意外にもモーターはか細い音を立てて動き出した。壁に古いフィルムを映してみる。カタカタという音と共に、光の粒子がぼんやりとした映像を結んだ。
そこにいたのは、私の知らない若い両親だった。海辺ではしゃぐ母。それを少し照れくさそうに撮っている父。映像には音がない。でも、二人の笑い声がすぐそこに聞こえるようだった。私が生まれる前の二人の時間。そこには、私の知らない幸せの形が確かに存在していた。
映像の最後に、夕日を背にした母が何かを口にした。声は聞こえない。でも、その唇の動きは、はっきりと「ありがとう」と読めた。誰に言ったのだろう。父にか、それともこの美しい景色にか。
フィルムが終わり、部屋はまた元の静けさに戻った。壁にはもう何も映っていない。でも、私の目にはまだ、あの夕日と母の笑顔が焼き付いていた。私は今まで、自分こそが両親の幸せの中心だと思い込んでいた。でも、違ったのだ。私がいなくても、二人の世界は完璧に完成していた。その事実は、私を少しだけ寂しくさせた。そして同時に、どうしようもなく二人を愛おしいと思わせた。
【設問1】傍線部「フィルムが終わり、部屋はまた元の静けさに戻った。壁にはもう何も映っていない」という情景は、主人公にどのような感情を抱かせたか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 映画が終わってしまったことへの単純な物足りなさと、もっと続きが見たいという好奇心。
- 過去の映像と現在の静寂との対比によって、両親の若き日々がもう戻らないものであることを改めて認識させられる切なさ。
- 映写機の故障を心配し、父の形見を壊してしまったのではないかという不安と焦り。
- 両親の幸せそうな過去を見た後で、一人きりの現実に引き戻されることへの強い孤独感。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「物足りなさ」や「好奇心」というよりは、もっと深い感慨にふけっています。
- 2. フィルムが映し出す光に満ちた過去の情景と、それが終わった後のがらんとした現在の部屋。この鮮やかな対比は、過去がすでに手の届かないものであるという時の非情さを際立たせています。この喪失感こそが、その後の「寂しさ」や「愛おしさ」といった複雑な感情へと繋がっていくのです。
- 3. 映写機が「故障」したとは書かれていません。フィルムが終わっただけです。
- 4. 「強い孤独感」も含まれるかもしれませんが、それ以上に両親の過去と現在を思う切ない気持ちが中心です。
【設問2】この出来事を通して、主人公の両親に対する認識はどのように変化したか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- これまで知らなかった両親の過去を知り、二人の間に隠された秘密を暴いてしまったような罪悪感を抱いた。
- 自分中心の視点から解放され、両親が自分とは独立した一人の人間として豊かな人生を生きてきたのだと理解した。
- 自分の知らない両親の姿に嫉妬し、自分は本当に愛されていたのかという疑問を持つようになった。
- 若く幸せそうだった両親と現在の姿を比べ、その変化に時の残酷さを感じ、同情するようになった。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「罪悪感」ではなく、愛情が深まっています。
- 2. 最後の段落で、主人公は「今まで、自分こそが、両親の幸せの中心だと思い込んでいた。でも、違ったのだ」と明確に述べています。これは、子供特有の自己中心的な世界観から、親もまた自分とは別の人生と歴史を持つ独立した個人なのだという、より成熟した視点へと移行したことを示しています。その発見は、少しの寂しさを伴いつつも、結果として両親へのより深い愛情へとつながっています。
- 3. 「嫉妬」や「疑問」といったネガティブな感情は、本文からは読み取れません。
- 4. 「同情」というよりは、むしろ二人の関係性の美しさや尊さに気づいています。