現代文対策問題 76
本文
その日の夕食は、カレーだった。母が作ったいつものカレー。でも、今日のカレーはいつもと少しだけ味が違った。ジャガイモが煮崩れていなくて、少し硬いのだ。
「今日のジャガイモ、硬いね」
僕が何気なくそう言うと、食卓の空気が一瞬で凍りついた。父は黙ってテレビを見ており、母は俯いて黙々とスプーンを動かしている。しまった、と思った。母は今日、パート先で何か嫌なことがあったらしく、朝からずっと元気がなかったのだ。僕がそのことをすっかり忘れていた。
気まずい沈黙が続く。父は相変わらずテレビに夢中で、僕らの間の緊張には気づいていない。あるいは、気づいていて気づかないふりをしているのかもしれない。
その時だった。
「ほんとだ。今日のジャガイモ、歯ごたえがあって俺は好きだけどな」
そう言ったのは、父だった。テレビから目を離さずに、独り言のようにも聞こえる小さな声で。でも、それは確かに僕と母に向けられた言葉だった。母の強張っていた肩の力が、ふっと抜けるのが分かった。そして僕も、なぜだかひどく救われた気持ちになった。父はそのまま、何もなかったかのようにカレーを食べ続けている。ジャガイモの硬いそのカレーを、いつもより少しだけ美味しそうに。
【設問1】傍線部「ほんとだ。今日のジャガイモ、歯ごたえがあって俺は好きだけどな」という父の言葉の本当の意図として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 本当に硬いジャガイモの食感が自分の好みだったという、個人的な感想。
- 料理の失敗を指摘された妻と、それを指摘してしまった息子の間の気まずい空気を和らげようとする配慮。
- 妻の料理の腕が落ちたことを遠回しに皮肉り、もっと丁寧な仕事をするよう促している。
- 息子の味覚が鋭敏になっていることを褒め、その成長を喜んでいる。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. たとえ本当に好みだったとしても、このタイミングでの発言は単なる感想以上の意図を持っています。
- 2. 父は、僕の不用意な一言で空気が凍りつき、母が傷ついていることを察しました。そこで彼は、あえてジャガイモの硬さを肯定的に捉え直すことで、母の失敗をフォローし、僕の失言を打ち消そうとしたのです。テレビから目を離さないというさりげなさが、彼の不器用ながらも深い優しさと配慮を示しています。この一言は、家族の危機を救う見事な一打でした。
- 3. 「皮肉」であれば、場の空気はさらに悪化するはずです。彼の言葉は空気を和らげています。
- 4. 息子の「成長を喜んでいる」という文脈ではありません。
【設問2】父の言葉を聞いた後の、「僕」の「ひどく救われた気持ち」とはどのようなものか。その説明として最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 父が自分の味方になってくれたことで、母に対する罪悪感が軽くなったから。
- 父のおかげで母の機嫌が直り、食卓の楽しい雰囲気が戻ってきたから。
- 普段は無関心に見える父の隠れた優しさと、家族を思う気持ちに触れることができたから。
- 自分の失敗を父がうまくごまかしてくれたので、叱られずに済んだという安堵感から。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 父は母をフォローしており、必ずしも息子の「味方」になったわけではありません。
- 2. 「楽しい雰囲気が戻った」とまでは言えません。まだ少し緊張感は残っています。
- 3. 僕にとって父は「テレビに夢中」で、家庭のことに無関心な存在に見えていました。しかし、この出来事を通じて、父が実は家族の間の微妙な空気の変化を敏感に感じ取り、それを修復しようと静かに気を配っていることを知ります。自分が壊してしまった空気を父が救ってくれた。その発見と驚き、そして父の見えざる愛情に触れたことへの感動が「ひどく救われた気持ち」の正体です。
- 4. 「叱られずに済んだ」という子供っぽい安堵感よりも、もっと深く父の人間性を再認識したことへの感動が中心です。