現代文対策問題 74
本文
その日、僕は父とキャッチボールをした。高校生にもなって父親とキャッチボールなんて少し照れくさかったけれど、父があまりに真剣な顔で「やらないか」と言うので断れなかった。父は昔、高校球児だったらしいが、僕が野球に興味を示さなかったせいか、これまで一度もそんな素振りを見せたことはなかった。
久しぶりに握る硬球は、ずしりと重かった。父の投げる球は、僕が思っていたよりもずっと速くて重い。受け止めるたびに、グローブをはめた左手がじんじんと痺れた。僕たちは黙々とボールを投げ合った。会話はない。ただ、バスッ、バスッというボールがミットに収まる乾いた音だけが、夕暮れの公園に響いていた。
しばらくして、父が言った。
「お前も、来年はもう受験だな」
「……うん」
「どこの大学へ行きたいとか、あるのか」
「別に。まだよく分からない」
本当は、東京の大学で写真を学びたいと思っていた。でも、そんなことをこの父親に言えるはずもなかった。どうせ「そんなもので飯が食えるか」と一蹴されるのがオチだ。
その時、僕の投げた球が大きく逸れた。父はそれを、若い頃を思わせる俊敏な動きで危なげなく捕球した。そして何も言わずに、僕の胸元に、まっすぐで寸分の狂いもないボールを投げ返してきた。そのボールは、まるで何か言葉を乗せているかのように、僕のミットにずしりと収まった。僕はそのボールをしばらく見つめていた。
【設問1】傍線部「そして何も言わずに、僕の胸元に、まっすぐで寸分の狂いもないボールを投げ返してきた」という父の行動に込められたメッセージとして、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- お前の中途半端な覚悟では社会では通用しないぞ、という厳しい叱責。
- まだお前には負けないぞ、という父親としての意地とプライド。
- どんな道に進むにせよ、しっかりと受け止めてやるから、自分の信じる道をまっすぐ進め、という無言の激励。
- 言葉でうまく伝えられないが、息子とこうしてキャッチボールができることへの純粋な喜び。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「叱責」にしては、その後の僕の反応が内省的すぎます。父のボールは温かいものとして受け止められています。
- 2. 「意地」や「プライド」という対抗意識ではなく、もっと息子を思う気持ちが感じられます。
- 3. 僕が将来への迷いを口にし、暴投を投げた後、父はそれをしっかりと受け止め、完璧なボールを返します。これは口下手な父が、野球というコミュニケーション手段を通じて息子に送ったメッセージです。「お前のどんな球でも受け止めてやる。だから、お前は迷わず、自分の信じるまっすぐな球を投げろ」という、父親としての覚悟と息子へのエールがこの一球に込められていると解釈できます。
- 4. 「喜び」もあるでしょうが、このタイミングでのこのボールには、進路に悩む息子への明確なメッセージ性があります。
【設問2】このキャッチボールという出来事は、「僕」にとってどのような意味を持ったか。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 野球の楽しさに初めて目覚め、父と同じ道を目指したいと思うようになった。
- 自分の将来について父と真剣に語り合い、的確なアドバイスを得ることができた。
- これまで気づかなかった父の身体能力の高さに驚き、尊敬の念を新たにした。
- 言葉にはならなかったが、父の自分に対する不器用な愛情と理解を感じ取ることができた。
【正解と解説】
正解 → 4
- 1. 「野球の道を目指す」とまで気持ちが変化したわけではありません。
- 2. 「真剣に語り合」ってはいません。むしろ、会話は途切れがちです。
- 3. 父の動きに驚きはしましたが、それがこの出来事の本質ではありません。
- 4. この物語の核心は、普段コミュニケーション不足の父と子が、キャッチボールという非言語的な対話を通じて心の交流を図った点にあります。「どうせ分かってくれない」と思っていた僕が、父の投げた最後の一球から、言葉を超えた愛情や理解、応援のメッセージを感じ取った。この心の変化こそが、僕にとってこの出来事の最も大きな意味だったのです。