現代文対策問題 72
本文
その日、私は祖母の古いアルバムを見ていた。どのページにも私の知らない若い頃の祖母が笑っている。女学校時代の友人たちと撮ったセピア色の写真。まだ赤ん坊の父を抱いた幸せそうな写真。私の知っている祖母はいつも優しくて物静かな人だった。でも、この写真の中の彼女はもっと快活でおしゃべりな少女の顔をしていた。
アルバムの最後の方に、一枚だけ封筒に入った写真があった。取り出してみると、それは祖母と見知らぬ青年が二人で写っている写真だった。海辺の松林だろうか。少し緊張した面持ちで並んで立つ二人。祖母はいつもと違う、少し改まったワンピースを着ている。
「あら、それ見てたのかい」
不意に背後から祖母の声がした。私は慌てて写真を隠そうとした。
「いいんだよ、別に」
祖母はそう言って私の隣に座ると、その写真を懐かしそうに手に取った。
「この人ね、じいちゃんと結婚する前に少しだけ付き合ってた人」
私は息をのんだ。祖父以外の男性と一緒にいる祖母の姿なんて想像したこともなかったからだ。
「いい人だったよ。でも、戦争が始まってね。それきり」
祖母はそれ以上何も言わなかった。ただ指先で写真の中の青年の顔をそっと なぞっていた。その横顔は、私の知らない一人の女性の顔だった。私は見てはいけない秘密を垣間見てしまったような気持ちで、黙って窓の外を見ていた。
【設問1】傍線部「この人ね、じいちゃんと結婚する前に少しだけ付き合ってた人」という祖母の告白を聞いた時の「私」の気持ちとして、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 祖母が祖父を裏切っていた過去に衝撃を受け、軽蔑の念を抱いている。
- 祖母にも自分の知らない青春時代と恋愛があったという事実に、新鮮な驚きを感じている。
- 祖母の悲しい過去の話に深く同情し、慰めの言葉を探している。
- 家族の秘密を打ち明けられたことで、自分が祖母から特別に信頼されていると感じ喜んでいる。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「軽蔑」といった否定的な感情は読み取れません。「息をのんだ」のは驚きの表現です。
- 2. 「私」にとって祖母はあくまで「おばあちゃん」であり、一人の女性としての過去を持つ存在とは思ってもみませんでした。「祖父以外の男性と」という事実は、私の固定的な祖母像を覆す大きな驚きでした。それは、祖母をより多面的で深い人生を生きてきた一人の人間として再認識するきっかけとなったのです。
- 3. 「同情」というより、まずその事実に「驚いて」います。
- 4. 「喜んでいる」というよりは、「見てはいけない秘密を垣間見てしまったような気持ち」とあり、むしろ戸惑いや畏敬の念に近い感情です。
【設問2】最後の「その横顔は、私の知らない一人の女性の顔だった」という一文が表現していることは何か。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 孫娘には見せたことのない祖母の厳しい表情。
- 過去の恋愛を思い出に浸る感傷的な表情。
- 「おばあちゃん」という役割を超えた、一人の人間としての祖母の内面。
- 年老いてすっかり容姿が変わってしまった祖母への憐れみ。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「厳しい」表情とは書かれていません。
- 2. 「感傷的」という言葉だけでは片付けられない、もっと深い意味合いがあります。
- 3. 「私」はこれまで祖母をただ自分の「おばあちゃん」としてしか見ていませんでした。しかし、この写真と告白をきっかけに、祖母が自分とは独立した人生と歴史を持つ一人の人間なのだと気づきます。写真の青年を見つめる祖母の横顔は、もはや孫娘に見せる「おばあちゃん」の顔ではなく、青春時代の恋愛や戦争による別離を経験した一人の「女性」の顔なのです。この一文は、私の祖母に対する認識が根本的に変化した瞬間を象徴しています。
- 4. 「憐れみ」という感情はここにはありません。むしろ敬意に近い感情です。