現代文対策問題 52

本文

姉の部屋のドアを開けると、ダンボール箱の山ができていた。来週から東京の大学へ行ってしまう姉は、その間で黙々と荷造りをしている。僕は部屋の入口に立ったまま、その背中をなんとなく眺めていた。

「何?手伝ってくれるの」
姉は振り返りもせずに言った。
「別に。邪魔かなと思って」
素直じゃない言葉が口をついて出る。本当は、もうすぐ姉がいなくなるこの部屋の空気を、少しでも長く吸っていたかっただけだ。

姉の手が、勉強机の隅に置いてあったマグカップに伸びた。使い古されて、飲み口が少しだけ欠けている。僕らが子供の頃から、なぜかずっとこの家にあり、二人で交互に使っていたカップだ。姉はそれを、タオルで丁寧にくるむと、大事そうに箱の中に入れた。

「え、そんなの持っていくの?東京で新しいの買えばいいじゃん」
僕は少し驚いて言った。
うーん、でも、これがなんか、ちょうどいいんだよね。大きさとか
姉は、少し照れたように笑ってそう答えた。ちょうどいい、なんて、ただの口実に決まっている。僕は、姉もまた、この家で過ごした時間を、その欠けたカップと一緒に、箱に詰め込もうとしているのだと分かった。僕は何も言えず、ただ、ダンボールに貼られた「ワレモノ注意」の赤いシールを、ぼんやりと見つめていた。


【設問1】僕が姉に「そんなの持っていくの?」と尋ねた時の心情として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 姉が古いものに執着する、感傷的な性格を、少し馬鹿にしている気持ち。
  2. 姉が自分との共有物を、独り占めしようとしていることへの、ささやかな不満。
  3. 姉が本当にその欠けたカップを持っていくつもりなのか、その真意を測りかねている、戸惑いの気持ち。
  4. 自分たちの思い出の品を、姉が平気で持っていこうとすることへの、驚きと寂しさ。
【正解と解説】

正解 → 4

  • 1. 馬鹿にしているというよりは、むしろその行動に心を動かされています。
  • 2. 「独り占め」という嫉妬や不満は、本文の雰囲気とは合いません。
  • 3. 「戸惑い」もありますが、この問いかけの根底にあるのは、姉が家を出ていくという事実と、その象徴としてのカップが持ち去られることへの、より直接的な感情です。
  • 4. このカップは、二人にとって子供の頃からの思い出が詰まった品です。姉がそれを東京へ「持っていく」という行為は、思い出がこの家から持ち去られ、一つの時代が終わることを、僕に強く意識させます。そのことに対する「驚き」と、自分だけが町に取り残されるような「寂しさ」が、この素朴な問いかけの裏には隠されています。

【設問2】傍線部「うーん、でも、これがなんか、ちょうどいいんだよね。大きさとか」という姉の言葉の解釈として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 新しいものを買う金銭的な余裕がないことを、弟に悟られないように、ごまかしている。
  2. 機能的な理由を、表向きの口実として、この家での思い出や、弟との繋がりを、手元に置いておきたいという、本心を隠している。
  3. 弟に、自分の持ち物について、あれこれと、口出しされたくないという、気持ちの、婉曲な、現れである。
  4. 長年使い慣れたものの方が、新しい環境でも、安心して使えるという、実用的な、考えを、素直に、述べている。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 金銭的な問題を示唆する記述は、本文にはありません。
  • 2. 「大きさとか」という曖昧な言葉や、「少し照れたように笑って」という描写から、姉が本当の理由を、ストレートに、言うのを、ためらっていることが分かります。このカップの、本当の、価値は、機能性ではなく、姉弟が、共有してきた、時間にあります。姉は、その、思い出を、新しい、生活の、お守りのように、持っていきたいのです。しかし、それを、直接、言うのは、照れ臭い。そのため、「ちょうどいい」という、当たり障りのない、理由を、口にしているのです。
  • 3. 弟を、拒絶するような、否定的な、感情は、読み取れません。「照れたように笑う」様子は、むしろ、弟に、本心を見透かされた、ことへの、反応と、とれます。
  • 4. もし、本当に、実用的な、考えだけなら、「照れたように笑う」必要は、ありません。その、態度にこそ、隠された、心情が、表れています。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:52