現代文対策問題 51

本文

夏休み、僕は祖父の家の物置の掃除を手伝っていた。埃とカビの匂いが混じる中、古い家具やガラクタを外に運び出す。その奥から、革のケースに入ったずしりと重いカメラが出てきた。レンズは曇り、あちこちが錆びついていて、とても動きそうにはない。

「じいちゃん、これ、まだ持ってたんだ」
僕が言うと、縁側で麦茶を飲んでいた祖父は、懐かしそうに目を細めた。
「おお、それか。わしの若い頃の、宝物だ」
祖父はカメラを受け取ると、愛おしそうにその表面を指でなぞった。
「これで、ばあさんの写真をたくさん撮ったもんだ。あの人は、写真を撮られるのが好きじゃなくてな。いつもそっぽを向くんだ。だから、笑った顔を撮れた日は、それだけで一日幸せだった」
そう語る祖父の横顔は、僕の知らない、青年の顔をしていた。僕はいつも、ただのおじいさんとしてしか祖父を見てこなかった。このカメラがなければ、祖父がかつて一人の青年として恋をしていたという、当たり前の事実にすら、気づかなかったかもしれない。

「もう動かんよ。でもなあ、捨てられんのだ。こいつの中には、まだばあさんの笑った顔が残ってるような気がしてな
祖父はそう言って、カメラを僕に返した。ずしりとした重みが、ただの機械の重さではないように感じられた。それは、祖父が過ごしてきた、豊かな時間の重みそのものだった。


【設問1】傍線部「捨てられんのだ。こいつの中には、まだばあさんの笑った顔が残ってるような気がしてな」という祖父の言葉からうかがえる、カメラに対する彼の気持ちとして、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. いつか修理して、もう一度、亡き妻の写真を撮りたいという叶わぬ願い。
  2. カメラとしての機能は失われても、妻との思い出が詰まった、かけがえのない存在として大切に思っている気持ち。
  3. 高価なカメラだったので、壊れてしまった今でも、手放すのが惜しいという、物への執着。
  4. 妻の写真を撮り続けたことで、自分の写真技術が、このカメラに宿っているという、職人的な誇り。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「もう一度写真を撮りたい」という未来への願いより、過去の思い出を慈しむ気持ちが中心です。
  • 2. 祖父はカメラが「もう動かん」ことを理解しています。それでも捨てられないのは、そのカメラが亡き妻との幸せな記憶と強く結びついているからです。「ばあさんの笑った顔が残ってるような気がしてな」という言葉は、カメラが単なる物ではなく、思い出を宿すタイムカプセルのような存在になっていることを示しています。この選択肢は、その愛情深い気持ちを的確に説明しています。
  • 3. 「高価だった」という金銭的な価値は、本文では語られていません。
  • 4. 「写真技術」や「誇り」といった側面ではなく、あくまで妻との個人的な思い出が、カメラを特別なものにしています。

【設問2】この出来事を通して、「僕」の祖父に対する見方に、どのような変化が生じたか。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. これまで知らなかった、祖父の趣味や、写真の腕前に気づき、尊敬の念を深めた。
  2. 年老いて、物を捨てられなくなった祖父の姿に、老いの現実を、目の当たりにして、少し寂しい気持ちになった。
  3. 祖父の意外な一面を知ったことで、親近感が湧き、これからは、もっと、祖父の、昔の話を、聞いてみたいと、思うようになった。
  4. ただの「おじいさん」としか見ていなかった祖父にも、自分と同じように、一人の青年として生きた、豊かな過去があったのだと、気づかされた。
【正解と解説】

正解 → 4

  • 1. 「尊敬の念」というよりは、もっと、人間的な、発見や、気づきが、中心です。
  • 2. 「老いの現実」を、悲観的に、捉えているのではなく、むしろ、祖父の、過去の、豊かさに、思いを馳せています。
  • 3. 「昔話を聞いてみたい」という、未来の、行動までは、書かれていません。この場で、起きた、認識の変化が、問われています。
  • 4. 僕は、本文中で「僕はいつも、ただのおじいさんとしてしか祖父を見てこなかった」「祖父がかつて一人の青年として恋をしていたという、当たり前の事実にすら、気づかなかったかもしれない」と、自らの、視点の、狭さを、反省しています。壊れたカメラという、きっかけを、通じて、祖父を、現在の、姿だけでなく、自分と、地続きの、豊かな、人生を、歩んできた、一人の、人間として、捉え直すことができた。この選択肢は、その、認識の、根本的な、変化を、的確に、示しています。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:51