現代文対策問題 63
本文
夕飯の後、妹が「ちょっと、散歩に行かない?」と珍しく誘ってきた。妹は高校生で、僕は大学生。昔はよく一緒に遊んだが、最近は互いの生活リズムも違い、顔を合わせてもろくに話すこともなかった。
二人で黙って夜の住宅街を歩く。虫の声だけがやけに大きく聞こえた。しばらくして、妹がぽつりと言った。
「私、好きな人ができたんだ」
僕は少し驚いて、妹の顔を見た。街灯の下で、その横顔がやけに大人びて見えた。
「へえ、どんなやつ?」
「同じクラスの人。すごく優しくて……。でも、その人、来年、遠くの大学に行くんだって」
妹の声は、少しだけ震えていた。僕は、かける言葉が見つからなかった。僕自身のうまくいかなかった恋の記憶が、不意に胸をよぎる。
公園のベンチに座ると、妹は膝を抱えて空を見上げた。
「お兄ちゃんは、いいよね。もう、大人だから」
その言葉は、僕の胸にちくりと刺さった。大人?僕が?アルバイトと授業に追われるだけの自分が、少しも大人だなんて思えなかった。妹の悩みを聞いてやれるほどの経験も強さも、僕にはない。僕は、妹の隣で、ただ同じように、星の見えない夜空を見上げることしかできなかった。
【設問1】傍線部「お兄ちゃんは、いいよね。もう、大人だから」という妹のセリフに込められた、本当の気持ちとして、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 自分の悩みなど、兄にとっては子供じみた些細なことだろうという皮肉。
- 恋愛で悩む自分の未熟な心を、大人である兄に慰めてほしいという甘え。
- 兄のように早く大人になって、恋愛の痛みなど感じない強い心が欲しいという憧れ。
- 自分のどうしようもない恋の悩みを、兄なら分かってくれるはずだという期待と信頼。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「皮肉」という攻撃的なニュアンスは、本文の切ない雰囲気とは合いません。
- 2. 妹は、好きな人が遠くへ行ってしまうという、自分ではどうにもできない悩みを抱えています。そんな時、自分より少し先に人生を歩んでいる兄は、全てを乗り越えた「大人」に見えるものです。「いいよね」という言葉の裏には、そんな風に強くなりたいけれどなれない、今の自分の弱さがあります。そして、そんな弱い自分を大人である兄に受け止めてほしい、という甘えの気持ちが隠されています。
- 3. 兄が恋愛の痛みを「感じない」と思っているわけではありません。むしろ、乗り越えてきた、と感じているのでしょう。
- 4. 「分かってくれるはずだ」という強い期待よりは、もっと漠然とした、不安な気持ちから出た言葉です。
【設問2】妹の告白を聞いた後の「僕」の心情として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 妹の成長を頼もしく思うと同時に、少しだけ寂しさを感じている。
- 妹から大人として頼りにされたことで、兄としての自信を深めている。
- 妹の悩みに対して何もしてやれない自分の無力さと未熟さを痛感している。
- 妹の恋愛の悩みが、自分の経験と比べて些細なものだと感じ、少し安心している。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「頼もしい」というよりは、むしろ彼女の弱さに触れています。
- 2. 「自信を深めている」のではなく、むしろ逆です。「僕が少しも大人だなんて思えなかった」と自己評価は低いままです。
- 3. 妹からの「お兄ちゃんは、いいよね。もう、大人だから」という言葉は、彼にとって重いものでした。なぜなら、彼自身、自分のことを「大人」だとは思えず、妹の悩みに対して適切なアドバイスも慰めも与えられないと感じているからです。「かける言葉が見つからなかった」「ただ、同じように夜空を見上げることしかできなかった」という描写は、彼の深い無力感を象徴しています。
- 4. 妹の悩みを「些細なものだ」とは思っていません。むしろ自分の過去の痛みと重ね合わせて、真剣に受け止めています。