現代文対策問題 61

本文

父と二人で釣り糸を垂れていると、時間が経つのを忘れた。ここは、僕が生まれるずっと前から、父が通っている山奥の渓流だ。口数の少ない父と二人きりでも気まずさを感じないのは、せせらぎの音が僕たちの間の沈黙を優しく埋めてくれるからだろう。

父は釣りの時だけ、昔のことをぽつりぽつりと話す。今日も、僕が小学生の頃、初めてここに連れてきてもらった時の話になった。

「あの時、お前、大きな岩から足を滑らせて川に落ちたんだぞ。覚えてるか」

「覚えてるよ。あの時、父さん、すごい顔で飛び込んできたじゃないか」

「当たり前だ。心臓が止まるかと思ったわ」

父はそう言って、遠くの山を見た。いつもは厳しいその横顔が、少しだけ穏やかに見えた。僕は普段、仕事ばかりで疲れた顔をしている父しか知らない。でも、この川辺にいる時の父は、僕の知らない父の顔をする。

その時、僕の竿がぐぐっと大きくしなった。慌ててリールを巻く。かなりの大物らしい。父が隣で「落ち着け、ゆっくりだ」と声をかけてくれる。格闘の末、水面に現れたのは、銀色に輝く見事なヤマメだった。

「やったな」

父が僕の肩をぽんと叩いた。その手の感触が、なぜかひどく熱く感じられた。僕は誇らしいような、照れくさいような、何とも言えない気持ちで、濡れたヤマメの感触を確かめていた。


【設問1】傍線部「その手の感触が、なぜかひどく熱く感じられた」とあるが、この時の「僕」の心情の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 大物を釣り上げた興奮で、体全体が火照っているため。
  2. 普段は厳しい父親から認められたことへの、強い喜びと感動。
  3. 父親の手が予想以上に大きくてごつごつしていたことへの驚き。
  4. 父親の体温の高さから、その健康状態を心配する気持ち。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 釣り上げた興奮もありますが、「手の感触」に焦点が当たっていることから、父との関係性が重要であることが分かります。
  • 2. 「僕」にとって、父は「いつもは厳しい」存在です。その父が自分の成果を「やったな」と認め、肩を叩いてくれた。その直接的な身体接触を通じて、父の承認と愛情がストレートに伝わってきます。「ひどく熱く感じられた」という表現は、物理的な温度ではなく、その行動に込められた父の温かい感情が僕の心に強く響いたことを示しています。それは彼にとって、滅多にない貴重な経験なのです。
  • 3. 手の「大きさ」や「ごつごつ」していることへの驚きではありません。
  • 4. 「健康状態を心配」しているという文脈ではありません。

【設問2】この物語における「釣り」という行為は、父と僕にとって、どのような意味を持っているか。最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 父が息子に生きるための技術を教え込むための、厳格な教育の場。
  2. 都会の喧騒から離れ、大自然の中で心身ともにリフレッシュするための趣味。
  3. どちらが大物を釣るかを競い合うことで、互いの力を確かめ合う競争の場。
  4. 普段はあまり会話のない二人が、同じ時間を共有し、静かな対話を可能にする特別なコミュニケーションの場。
【正解と解説】

正解 → 4

  • 1. 「厳格な教育」というよりは、もっと穏やかな時間が流れています。
  • 2. 「リフレッシュ」という側面もありますが、それ以上に二人の関係性にとって重要な意味を持っています。
  • 3. 「競争」している様子はありません。むしろ父は僕をサポートしています。
  • 4. 本文の冒頭で「口数の少ない父と二人きりでも、気まずさを感じない」と述べられているように、この場所は彼らにとって特別な空間です。父はこの時だけ昔の話をし、僕は普段知らない父の顔を見ます。釣果を共に喜ぶことで、言葉を超えた感情の交流も生まれます。このように「釣り」は、不器用な父と息子の間の貴重なコミュニケーションの機会として機能しているのです。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:61