現代文対策問題 8
本文
父の書斎を整理していた時のことだ。本棚の奥から、一冊のくたびれたノートが出てきた。表紙には何も書かれていない。何気なく開いた最初のページにあったのは、几帳面な、しかし見慣れない若い頃の父の筆跡だった。
それは、父が若い頃に書き綴っていた読書ノートだった。有名な小説の一節が書き写され、その下には青いインクで感想がぎっしりと書き込まれている。ページをめくるたびに、私が「堅物で仕事一筋の人間」だと思い込んでいた父とは全く違う、文学を愛し、物事を深く思索する青年の姿が浮かび上がってきた。
私が知っている父は、新聞の株式欄に目を通すことはあっても、小説を読んでいる姿など見たことがなかった。食卓での会話も、世の中の景気の話か、私の成績の話くらい。私は、そんな父との間に、いつも見えない壁を感じていた。父もまた、私という人間を理解しようとはしていない、とさえ思っていた。
ノートの最後のページには、こう書かれていた。「いつか、自分の子供と、この本の素晴らしさについて語り合える日が来るだろうか」。その一文を読んだ時、私は息を呑んだ。壁を作っていたのは、父の方ではなかったのかもしれない。私が、父を知ろうとすることを、どこかで諦めてしまっていただけなのではないか。ノートを閉じた私は、リビングで新聞を読んでいる父の背中に、以前とは違う種類の言葉をかけたくなった。
【設問1】傍線部①「文学を愛し、物事を深く思索する青年の姿」とあるが、これは「私」にとってどのようなものだったか。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 父が自分に隠し事をしていた証拠であり、裏切られたような強い不信感を抱かせるもの。
- 自分が父に対して抱いていた固定観念を覆す、全く知らなかった父の一面を示すもの。
- 父が若い頃の夢を諦め、現実的な大人にならざるを得なかった過去を物語る、痛々しい記録。
- 父も自分と同じように本が好きだったという、ありふれた事実を確認し、退屈な気持ちにさせるもの。
【設問2】傍線部②「リビングで新聞を読んでいる父の背中に、以前とは違う種類の言葉」をかけたくなったとあるが、この「以前とは違う種類の言葉」の内容として、最も想像されるものを次の中から一つ選べ。
- 「いつまでも新聞ばかり読んでいないで、少しは私の話も聞いてよ」という、これまでの不満をぶつける言葉。
- 「お父さん、若い頃、どんな本を読んでいたの」という、父の個人的な内面に興味を持って問いかける言葉。
- 「そのノート、私がもらってもいい」という、父の過去の遺産を自分のものにしたいという要求の言葉。
- 「今まで私のことを理解しようとしなかったでしょう」という、父の過去の態度を厳しく追及する言葉。
【設問3】本文の内容に照らして、**間違っているもの**を、次の中から一つ選べ。
- 「私」は、父親のことを、仕事一途で堅い性格の人間だと思い込んでいた。
- 父親の読書ノートは、読みやすい字で丁寧に書かれていた。
- 父親は、普段から「私」と文学について語り合うことを楽しみにしていた。
- 「私」は、父親が自分を理解してくれていないと感じ、距離を置いていた。
【設問4】この物語を通じて「私」が得た最も大きな「気づき」は何か。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 親子であっても互いを完全に理解することは不可能であり、ある程度の距離感を保つことが大切だという気づき。
- 父が隠していた過去を知ったことで、どんな人間にも裏の顔があるという人間不信につながる気づき。
- 自分が一方的に相手を決めつけ、知ろうとする努力を怠っていたことが、関係性の壁を生んでいたのかもしれないという自己反省的な気づき。
- 父もかつては夢見る青年だったが、家族のためにそれを犠牲にしたのだという、父への同情と感謝からなる気づき。
【正解と解説】
設問1:正解 → 2
- 1. 「不信感」や「裏切られた」というネガティブな感情は読み取れません。むしろ驚きや発見が中心です。
- 2. 「『堅物で仕事一筋の人間』だと思い込んでいた父とは全く違う」と本文に明記されており、自分の固定観念(ステレオタイプ)が覆された驚きを表すこの選択肢が最も適切です。
- 3. ノートから「夢を諦めた」かどうかまでは分かりません。あくまで若い頃の父の一面が見えたという段階であり、「痛々しい」とまで感じる描写はありません。
- 4. 「ありふれた事実」「退屈な気持ち」ではありません。「息を呑んだ」とあるように、「私」にとっては衝撃的な発見でした。
設問2:正解 → 2
- 1. ノートを読んだ後の「私」は、父への見方が変わり、むしろ歩み寄ろうとしています。「不満をぶつける」という態度は、この心境の変化と逆行します。
- 2. これまで交わすことのなかった「父の個人的な内面」に関する質問は、父を新たな視点で見つめ、理解しようとする「以前とは違う種類」のコミュニケーションの始まりとして最もふさわしい内容です。
- 3. ノートはあくまできっかけであり、それを「自分のものにしたい」という物欲がテーマではありません。
- 4. 「壁を作っていたのは、父の方ではなかったのかもしれない」と自己反省しているため、父を一方的に「追及する」という態度は考えにくいです。
設問3:正解 → 3
- 1. 「『堅物で仕事一筋の人間』だと思い込んでいた」という記述と一致します。
- 2. 「几帳面な、しかし見慣れない若い頃の父の筆跡だった」という記述と一致します。
- 3. ノートには「いつか…語り合える日が来るだろうか」と、未来への希望として書かれており、それが「普段から」行われていたわけではありません。「私」の認識でも「小説を読んでいる姿など見たことがなかった」のですから、この選択肢は明確に間違っています。
- 4. 「父もまた、私という人間を理解しようとはしていない、とさえ思っていた」という記述と一致します。
設問4:正解 → 3
- 1. 「理解することは不可能」と諦めるのではなく、むしろこれから理解しようという希望が生まれた場面です。
- 2. 「人間不信」というネガティブな結論には至っていません。むしろ、人間理解への新たな扉が開かれたと解釈すべきです。
- 3. 「壁を作っていたのは、父の方ではなかったのかもしれない。私が、父を知ろうとすることを、どこかで諦めてしまっていただけなのではないか」という最後の内省が、この物語の核心です。自分の思い込みや努力不足を省みる、という気づきを的確に説明しています。
- 4. 「父が夢を犠牲にした」とまでは本文に書かれていません。また、気づきの中心は父への同情よりも、「私」自身の姿勢に対する反省です。
語句説明:
几帳面(きちょうめん):物事をすみずみまで、正確、誠実に行うさま。
堅物(かたぶつ):非常に真面目で、義理堅く、融通のきかない人。
思索(しさく):論理的な筋道を立てて、物事を深く考えること。