現代文対策問題 7

本文

大学生になって初めての一人暮らしは、解放感と、それ以上の心細さで満ちていた。特に、風邪を引いて一人、薄暗いワンルームの天井を見上げていると、実家のありがたみが身に染みた。そんな時、不意に玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると、同じ大学に通う友人の雄介が、コンビニの袋を片手に立っていた。

「お前、昨日から授業に来てないから。もしかして、と思って」
ぶっきらぼうな口調でそう言うと、雄介はスポーツドリンクやゼリー飲料の入った袋を私に押し付けた。お礼を言う私に「別に」とだけ返し、すぐに背を向けて帰ろうとする。

その時、私は呼び止めるべきか一瞬迷った。普段、雄介とは大勢の仲間と一緒に、他愛のない話で馬鹿笑いするばかりの関係だ。二人きりで真面目な話をすることなど、ほとんどない。彼の親切を素直に受け取っていいのか、どう反応すればいいのか分からず、戸惑ってしまったのだ。

しかし、その大きな背中が、なぜか普段よりもずっと頼もしく見えた。いつもはお調子者で、軽薄にさえ見える彼の、不器用な優しさが伝わってきたからだ。「雄介!」と、思わず声が出た。振り向いた彼の顔は、少し驚いたように丸くなっている。「……ありがとう。本当に助かる」。私がそう言うと、彼は一瞬きょとんとした後、照れくさそうに頭を掻きながら、「お大事に」と呟いた。その小さな声が、私には何よりも温かく響いた。


【設問1】傍線部①「その大きな背中が、なぜか普段よりもずっと頼もしく見えた」とあるが、この時の「私」の心情の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 一人暮らしの心細さから誰かに依存したい気持ちが強まっており、雄介の体格の良さに純粋な安心感を覚えた。
  2. 雄介のぶっきらぼうな態度の中に隠された気遣いに気づき、彼の意外な一面に対して、新たな信頼感を抱いた。
  3. 普段の友人関係がうわべだけのものだったと悟り、雄介の行動の裏にある下心や計算をいぶかしんでいる。
  4. 自分の弱っている姿を見られたことへの羞恥心と、雄介の過剰な親切に対する気まずさから、早く帰ってほしいと願っている。

【設問2】傍線部②「照れくさそうに頭を掻きながら、『お大事に』と呟いた」という雄介の様子から読み取れることとして、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 自分の親切が「私」に全く伝わっていないことに苛立ち、不機嫌な気持ちを隠しながらその場を立ち去ろうとしている。
  2. 「私」の感謝の言葉にどう反応していいか分からず、自分の行為をことさら意識しないように振る舞うことで、恥ずかしさを紛らわせている。
  3. 「私」を助けたことを恩に着せ、見返りを期待している気持ちを見透かされたくないために、わざと素っ気ない態度をとっている。
  4. 「私」の病状が思ったよりも深刻であることに気づき、かけるべき言葉が見つからずに、同情的な態度を示している。

【設問3】本文における「私」と雄介の関係性の変化についての説明として、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. この出来事をきっかけに、二人の間には気まずい空気が流れるようになり、これまでの友人関係が壊れてしまった。
  2. 表面的な付き合いだと思っていたが、互いの不器用な一面に触れることで、より深く、人間的な信頼関係を結ぶきっかけが生まれた。
  3. 雄介が一方的に「私」を助けるという上下関係が生まれ、「私」は雄介に対して引け目を感じるようになった。
  4. 「私」が雄介に恋愛感情を抱くようになり、友人としてではない、特別な関係へと発展していくことが暗示されている。

【設問4】本文の内容に照らして、**間違っているもの**を、次の中から一つ選べ。

  1. 「私」は、大学進学を機に親元を離れ、一人で生活している。
  2. 雄介は、「私」が授業を休んだことを心配して、様子を見に来てくれた。
  3. 「私」は、雄介の訪問を最初から素直に喜んで受け入れることができた。
  4. 雄介は、見舞いの品を渡した後、すぐにその場を去ろうとした。

【正解と解説】

設問1:正解 → 2

  • 1. 「依存したい」という気持ちは読み取れず、また「体格の良さ」という物理的な側面より、彼の行動からくる内面的な印象の変化が中心です。
  • 2. 「いつもはお調子者で、軽薄にさえ見える彼」という普段の印象と、「不器用な優しさ」という今回見えた内面とのギャップに気づき、彼への見方が変わったことが「頼もしく見えた」理由として最も適切です。
  • 3. 「下心や計算をいぶかしんでいる」という疑いの感情は本文になく、むしろポジティブな発見をしています。
  • 4. 「早く帰ってほしい」とは逆で、「思わず声が出た」と呼び止めていることから、彼の優しさを受け止めたいという気持ちが読み取れます。

設問2:正解 → 2

  • 1. 「苛立ち」「不機嫌」という感情は、感謝された後の反応としては不自然であり、本文の温かい雰囲気と合いません。
  • 2. 「ぶっきらぼうな口調」や「すぐに背を向けて帰ろうとする」態度から、彼は親切をアピールするのが苦手な性格だと分かります。感謝の言葉にどう振る舞っていいか分からず、「照れくさそうに」ごまかしていると解釈するのが最も自然です。
  • 3. 「見返りを期待している」という描写は一切なく、彼の行動は純粋な善意からくるものと読むべきです。
  • 4. 「同情的な態度」というよりは、彼自身の照れの感情が行動の主な理由です。

設問3:正解 → 2

  • 1. 「何よりも温かく響いた」という最後の文から、関係はむしろ良い方向に進んでおり、「壊れてしまった」は明確な誤りです。
  • 2. 「大勢の仲間と」「他愛のない話で馬鹿笑いするばかりの関係」だった二人が、病気の見舞いという出来事を通じて、互いの「不器用な」パーソナリティに触れ、新しい次元の「信頼関係」を築くきっかけを得た、という流れを正確に説明しています。
  • 3. 助けられたのは事実ですが、最後のやりとりは対等な友人としての温かい交流であり、「上下関係」「引け目」といったネガティブな関係性にはなっていません。
  • 4. 友情が深まったことは確かですが、「恋愛感情」とまでは断定できません。物語の範囲を超えた飛躍した解釈です。

設問4:正解 → 3

  • 1. 「大学生になって初めての一人暮らし」という記述と一致します。
  • 2. 「昨日から授業に来てないから。もしかして、と思って」という雄介のセリフから明らかです。
  • 3. 「彼の親切を素直に受け取っていいのか、どう反応すればいいのか分からず、戸惑ってしまったのだ」とあり、最初は素直に喜べなかったことが分かります。したがって、この選択肢は明確に間違っています。
  • 4. 「お礼を言う私に『別に』とだけ返し、すぐに背を向けて帰ろうとする」という記述と一致します。

語句説明:
ぶっきらぼう:話し方や態度に愛想がなく、無遠慮なさま。
他愛(たあい)のない:とりとめがなく、しっかりしていない。たわいない。
軽薄(けいはく):言動が軽々しく、上滑りなこと。誠実さや重みが感じられないこと。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:7