現代文対策問題 6
本文
幼馴染のサキが、来月、結婚するという。母からその話を聞いた時、私はすぐには「おめでとう」という言葉が出てこなかった。頭の中に、十年前の夏の光景が不意に蘇ったからだ。
中学最後の夏、私とサキは、通い慣れた図書館の隅で、高校のパンフレットを広げていた。私は地元の進学校を、サキは少し離れた美術科のある高校を、それぞれ指さした。「一緒の高校、行けないね」。私がそう言うと、サキは「うん」とだけ答え、パンフレットの中の、色彩豊かな絵画の写真をじっと見つめていた。その横顔は、期待と、そしてほんの少しの寂しさが混じっているように見えた。
結局、サキは親の反対を受け、私と同じ進学校に進んだ。美術の道に進みたいという夢を、彼女は胸の奥にしまい込んだのだ。高校時代のサキは、以前よりも口数が減り、どこか上の空でいることが多かった。私たちはそれでも一番の親友だったが、二人の間には、見えない壁のようなものが、うっすらと横たわっている気がしていた。
結婚式の招待状を、私はテーブルの上に置いた。華やかなデザインのそのカードが、なぜだか、あの日の図書館のパンフレットと重なって見える。サキは今、幸せなのだろうか。夢を諦めた場所から始まった彼女の人生が、どんな道のりを経て、この結婚にたどり着いたのだろう。私は、ただ祝福するだけでは足りないような、複雑な思いで、窓の外の空を眺めていた。
【設問1】傍線部①「ほんの少しの寂しさが混じっているように見えた」とあるが、この時のサキの心情の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 親友である「私」と違う高校に行くことになる運命を悲観し、絶望に近い気持ちになっている。
- 自分の夢である美術科への進学に心を躍らせつつも、「私」と離れ離れになることに一抹の寂しさを感じている。
- 進学校に行く「私」に対して劣等感を抱き、自分の選択が本当に正しいのかどうか、自信が持てずにいる。
- 美術科への進学をすでに親から反対されており、叶わぬ夢を前にして、諦めの気持ちを固め始めている。
【設問2】傍線部②「ただ祝福するだけでは足りないような、複雑な思い」とあるが、この時の「私」の心情の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- サキが結局夢を諦めて平凡な結婚をすることに失望し、彼女の選択を心の中で批判している。
- サキの結婚相手が彼女にふさわしいか不安に思い、親友として彼女の将来を過度に心配している。
- サキの結婚を喜びたい気持ちと共に、彼女が夢を断念した過去の痛みを思い出し、その人生の歩みに思いを馳せている。
- 自分の人生と比べてサキが先に結婚することに焦りを感じ、祝福したい気持ちと嫉妬心が入り混じっている。
【設問3】本文の内容に照らして、**間違っているもの**を、次の中から一つ選べ。
- 「私」とサキは、中学卒業後、別々の高校に進学した。
- 「私」は、高校時代のサキが、以前とは少し様子が違うと感じていた。
- 「私」は、サキの結婚を母から知らされた時、すぐには祝福の言葉を言えなかった。
- サキは、美術の道へ進むという夢を持っていたが、最終的にはそれを断念した。
【設問4】本文の構成に関する説明として、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 物語の最後まで「私」の視点が一貫しており、親友サキの結婚という出来事を通じて「私」の抱える内的な葛藤を描いている。
- 中学時代、高校時代、現在と、時系列に沿って出来事を順序よく並べることで、二人の友情の歴史を客観的に記録している。
- サキの結婚という幸福な出来事を中心に描き、夢を諦めても幸せになれるという教訓を読者に伝えようとしている。
- 「私」とサキの会話を多用することで、二人の間の心理的な駆け引きや対立関係をスリリングに描写している。
【正解と解説】
設問1:正解 → 2
- 1. 「絶望に近い」という表現は、「期待」という記述と矛盾し、大げさすぎます。
- 2. 「色彩豊かな絵画の写真をじっと見つめていた」様子から夢への「期待」が、「うん」とだけ答える様子や「私」と離れる事実から「一抹の寂しさ」が感じられ、最もバランスの取れた説明です。
- 3. サキが「私」に「劣等感」を抱いているという記述はなく、あくまで自分の進路を見つめています。
- 4. この時点ではまだ親の反対があったかどうかは明確にされていません。「諦め」というよりは、期待と不安が入り混じった状態と読むのが自然です。
設問2:正解 → 3
- 1. 「失望」や「批判」といった強い否定的な感情は本文から読み取れません。「複雑な思い」は、より繊細な感情の機微を示します。
- 2. 結婚相手については一切触れられておらず、心配の対象はサキの「人生の道のり」そのものです。
- 3. サキの結婚という現在の出来事を祝福したい気持ちと、過去の「夢を断念した」事実とを重ね合わせ、「彼女の人生の歩みに思いを馳せて」いるという説明が、「複雑な思い」の内実を最も的確に捉えています。
- 4. 「嫉妬心」についての記述はなく、あくまでサキの人生に対する思索が中心です。
設問3:正解 → 1
- 1. 「結局、サキは親の反対を受け、私と同じ進学校に進んだ」とあるため、二人は同じ高校に進学しています。したがって、この選択肢は明確に間違っています。
- 2. 「以前よりも口数が減り、どこか上の空でいることが多かった」などの記述と一致します。
- 3. 「すぐには『おめでとう』という言葉が出てこなかった」という冒頭の記述と一致します。
- 4. 美術科のある高校を諦め、進学校に進んだという記述と一致します。
設問4:正解 → 1
- 1. 物語は一貫して「私」の視点で語られ、サキの結婚をきっかけに「私」が過去を思い出し、友を思う複雑な心情が描かれています。これが本文の構成を最もよく説明しています。
- 2. 現在(結婚の話)→過去(中学時代)→現在(招待状)という流れであり、厳密な時系列順ではありません。また、「客観的に記録」ではなく、「私」の主観で描かれています。
- 3. サキが本当に幸福かどうかは「私」にも分からず、むしろその人生に思いを馳せる複雑な心情がテーマです。単純な「教訓」を提示する物語ではありません。
- 4. 本文には会話がほとんどなく、主に「私」のモノローグ(内的な語り)で構成されています。
語句説明:
不意(ふい)に:思いがけず、突然に。
口数(くちかず)が減る:話す言葉の数が少なくなること。無口になること。
上の空(うわのそら):他のことに心が奪われて、目の前のことに集中できない状態。