現代文対策問題 48

本文

その日、私は、部署の飲み会に、少しだけ遅れて参加した。会場の居酒屋は、すでに盛り上がっており、私は、入り口近くの空いていた席に、そっと腰を下ろした。隣に座っていたのは、普段、ほとんど話したことのない、経理部の山田さんだった。彼は、いつも、黙々とパソコンの数字を追いかけている、物静かな人という印象だ。

手持ち無沙汰にビールを飲んでいると、山田さんが、ふと、私に話しかけてきた。「お好きなんですか、そのストラップ」。彼が指さしたのは、私がスマートフォンのケースにつけている、マイナーなロックバンドの、マスコットキャラクターだった。まさか、会社の、それも、あの山田さんに、このバンドの話を振られるとは、夢にも思わなかった。

それをきっかけに、私たちは、堰を切ったように、音楽の話を始めた。山田さんが、学生時代にバンドを組んでいたこと。今でも、週末には、家でギターを弾いていること。私が知っている山田さんは、彼のほんの一面に過ぎなかったのだ。普段、彼が眺めている数字の羅列の向こう側に、こんなにも、豊かな音の世界が広がっていたとは。

飲み会がお開きになる頃には、私たちは、すっかり打ち解けていた。会社という場所では、誰もが、それぞれの役割に応じた仮面をかぶっている。しかし、その仮面の下には、一人ひとり、違う顔があり、違う物語がある。その当たり前の事実に、私は、今更ながら、深く感じ入っていた。明日、会社で会う山田さんの背中は、きっと、昨日までとは、少し違って見えることだろう。


【設問1】傍線部①「まさか、会社の、それも、あの山田さんに、このバンドの話を振られるとは」とあるが、この時の「私」の心情の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 自分の趣味を、他人に知られてしまったことへの、強い羞恥心と、後悔の念。
  2. 自分の趣味が、実は、世間では広く受け入れられているのだと知り、安堵している。
  3. 自分とは全く接点がないと思っていた人物との、予期せぬ共通点を発見したことへの、大きな驚き。
  4. 山田さんが、自分に近づくために、事前に自分の趣味をリサーチしていたのだと気づき、不信感を抱いている。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「羞恥心」や「後悔」といったネガティブな感情は読み取れません。
  • 2. 話題は「世間で広く受け入れられている」かどうかではなく、「山田さん」という特定の個人との共通点です。
  • 3. 「私」にとって山田さんは、「普段、ほとんど話したことのない」「物静かな人」でした。また、ストラップのバンドは「マイナーな」ものです。この、心理的にも趣味の面でも遠いと思っていた人物から、自分のコアな趣味について話しかけられるという「予期せぬ」出来事は、「大きな驚き」をもたらします。「まさか」という言葉が、その驚きの大きさを物語っています。
  • 4. 「不信感」を抱いているという記述はなく、むしろ、この後、会話が弾んでいます。

【設問2】傍線部②「私たちは、すっかり打ち解けていた」とあるが、その直接的なきっかけは何か。最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 互いの仕事の悩みを相談し合うことで、同僚としての連帯感が生まれたから。
  2. 酒の力を借りて、普段は言えないような本音を、互いにぶつけ合ったから。
  3. 音楽という、仕事とは関係のない共通の趣味を通じて、互いの意外な一面を知ることができたから。
  4. 上司や同僚の噂話で盛り上がることで、秘密を共有する仲間意識が芽生えたから。
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    【正解と解説】

    正解 → 3

    • 1. 話題の中心は「仕事の悩み」ではなく、「音楽の話」です。
    • 2. 「酒の力」というよりは、共通の話題が見つかったことが本質的なきっかけです。
    • 3. 「私」は、山田さんのことを「物静かな経理部員」としか認識していませんでした。しかし、「音楽」という共通の趣味が見つかったことで、彼が「学生時代にバンドを組んでいた」というような「意外な一面」を知ります。この、仕事上の役割(仮面)とは違う、個人としての一面に触れたことこそが、二人の心の壁を取り払い、「すっかり打ち解け」させた、最も直接的なきっかけです。
    • 4. 「噂話」といった、ネガティブな話題で盛り上がったわけではありません。

    【設問3】本文の結末で、「私」が「会社という場所では、誰もが、それぞれの役割に応じた仮面をかぶっている」と考えるに至ったのはなぜか。その理由として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

    1. 同僚たちが、飲み会の場で、上司の前と後で、全く態度を変えるのを目の当たりにしたから。
    2. 物静かな経理部員という「仮面」の下に、音楽を愛するという山田さんの「本当の顔」が隠されていたことを知ったから。
    3. 自分自身もまた、会社では、本当の自分を隠し、当たり障りのない「仮面」をかぶって、周囲に合わせていたことに気づいたから。
    4. 会社という組織で生き残るためには、本音と建前を使い分ける「仮面」が必要不可欠であると、山田さんから教わったから。
    【正解と解説】

    正解 → 2

    • 1. 「上司の前と後で態度を変える」といった、具体的な場面は描かれていません。
    • 2. この日の体験の中心は、山田さんの印象の変化です。「普段、ほとんど話したことのない、経理部の山田さん」という、会社での「役割」としての姿が「仮面」です。そして、その下に、音楽好きでギターを弾くという「違う顔」(本当の顔)があった。この具体的な一例を体験したことから、「私」は、これは山田さんだけに限らず、「誰もが」そうなのではないか、という一般化された気づきに至ったのです。
    • 3. 自分自身が「仮面をかぶっていた」という自己分析も含まれるかもしれませんが、この気づきの直接のきっかけは、山田さんという他者の発見です。
    • 4. 山田さんから、そういった「処世術」を「教わった」わけではありません。

    【設問4】本文の内容と合致するものを、次の中から一つ選べ。

    1. 「私」と山田さんは、同じ部署で働く、気心の知れた同僚だった。
    2. 「私」は、会社の飲み会で、自分の趣味について、積極的に語って回った。
    3. 山田さんは、学生時代に、音楽活動の経験があった。
    4. 「私」は、山田さんとの会話を通じて、音楽への興味を完全に失ってしまった。
    【正解と解説】

    正解 → 3

    • 1. 「普段、ほとんど話したことのない、経理部の山田さん」とあり、部署も違えば、気心も知れていません。間違いです。
    • 2. 「私」から語ったのではなく、山田さんから話しかけられたのがきっかけです。間違いです。
    • 3. 「山田さんが、学生時代にバンドを組んでいたこと」とあり、内容と合致します。
    • 4. 「堰を切ったように、音楽の話を始め」「すっかり打ち解けていた」とあり、むしろ、興味が深まっています。間違いです。

    語句説明:
    手持ち無沙汰(てもちぶさた):することがなくて、時間を持て余している様子。
    堰(せき)を切ったよう:こらえていたものが、一度にどっとあふれ出るさまのたとえ。
    羅列(られつ):順序や関連性を考えずに、ただ並べ立てること。
    感じ入る(かんじいる):心に深く感じること。感心する。

    レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:48