現代文対策問題 44
本文
その日、私は、押し入れの奥から、古いカセットテープの入った段ボール箱を見つけた。それは、私が中学生の頃、ラジオから流れてくる好きな曲を、必死に録音したものだった。曲の途中でDJの声が入ってしまったり、うまく録音できずに、テープが絡まってしまったり。その一本一本に、不器用で、しかし、熱中していたあの頃の自分が詰まっていた。
今では、スマートフォン一つで、世界中の音楽が、いつでも、クリアな音質で聴ける。それに比べて、このカセットテープという存在は、何と手間がかかり、不便なことだろう。私は、もう聴くこともないだろうその箱を、ゴミに出そうと、玄関先まで運んだ。
しかし、どうしても、その箱を、ゴミ集積所に置くことができなかった。それは、単なる過去への感傷ではない。デジタルの音楽データは、指一本で簡単にコピーできるし、削除もできる。そこには、何の抵抗もない。しかし、このテープに録音された音楽は、世界に一つしかない、私の時間そのものだ。失敗も、雑音も、全て含めて。簡単に複製できない「一度きり」のかけがえのなさが、そこにはあった。
私は、その箱を、再び押し入れの奥に戻した。いつか、また、このテープを聴く日が来るかもしれない。その時、私は、クリアなデジタル音源からは決して聞こえてこない、あの頃の自分の、不器用な足音を、聴くのだろう。
【設問1】傍線部①「不器用で、しかし、熱中していたあの頃の自分が詰まっていた」とあるが、これはどういうことか。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- テープの編集技術が未熟であったため、聴き苦しい部分が多く、自分の過去の失敗を思い出させる、苦々しい存在である。
- 手間をかけて音楽を録音するという行為の中に、好きなものに夢中になっていた、純粋な情熱や、当時の時間が封じ込められている。
- 当時の自分が、いかに世間知らずで、非効率なことに時間を費やしていたかという、若さゆえの過ちを象徴している。
- カセットテープという、今では価値のなくなったものに執着していた、自分の過去のセンスのなさを、恥ずかしく感じている。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「苦々しい存在」というネガティブな捉え方はしていません。むしろ、愛おしんでいます。
- 2. 「曲の途中でDJの声が入ってしまったり」「テープが絡まってしまったり」するのが「不器用」さです。それでも「必死に録音した」のが「熱中」です。この、手間や失敗を含めた一連の行為全体が、当時の「純粋な情熱」の証であり、その「時間」そのものが、テープという物質に記録されている、というこの説明が最も的確です。
- 3. 「非効率」であることは認識していますが、それを「過ち」だとは捉えていません。むしろ、その非効率さの中に価値を見出しています。
- 4. 「恥ずかしく感じている」のではなく、むしろ、そのかけがえのなさを再認識しています。
【設問2】傍線部②「簡単に複製できない『一度きり』のかけがえのなさが、そこにはあった」とあるが、「私」が現代のデジタルの音楽データと比較して、カセットテープに見出した価値とは何か。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 音質の良し悪しよりも、その音楽が、特定の時間や、個人的な体験と、分かちがたく結びついていること。
- 希少価値の高いアナログ媒体であるため、将来的に、高値で取引される可能性があるということ。
- デジタルデータと違って、物理的に劣化していくことで、時間の経過を実感させてくれるということ。
- 複雑な操作を必要とする、不便な道具を使いこなすことで得られる、特別な達成感や、満足感。
【正解と解説】
正解 → 1
- 1. デジタルの音楽データは、いつでも、どこでも、誰でも同じ品質で手に入る、没個性的なものです。それに対し、「私」のカセットテープは、「DJの声」や「雑音」を含んだ、世界に一つだけのものであり、「私の時間そのもの」と結びついています。この、音楽が、録音したという「個人的な体験」や「特定の時間」と切り離せない形で存在していることこそが、簡単にコピーできるデジタルデータにはない、「かけがえのなさ」です。
- 2. 「高値で取引される」といった、金銭的な価値の話はしていません。
- 3. 「劣化していくこと」を価値として見出しているわけではありません。録音されたその時点での唯一性を価値としています。
- 4. 「達成感」や「満足感」も含まれるかもしれませんが、価値の中心は、モノと体験の一体性です。
【設問3】本文の最後で、「私」が「クリアなデジタル音源からは決して聞こえてこない、あの頃の自分の、不器用な足音を、聴くのだろう」と考えるのはなぜか。その理由として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 録音された音楽と共に、当時の生活音や、自分の声などが、偶然、テープに記録されているから。
- カセットテープの雑音の中に、音楽に夢中になっていた、過去の自分の情熱や、心のときめきを感じ取ることができるから。
- 将来、オーディオ機器がさらに進化すれば、テープに残された微細な音まで、完全に再現できるようになると信じているから。
- 年を取るにつれて、耳が遠くなり、クリアな音源よりも、雑音の多い音源の方が、かえって心地よく感じられるようになるから。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「生活音」や「自分の声」が物理的に記録されている、というよりは、比喩的な表現です。
- 2. 「不器用な足音」とは、比喩表現です。DJの声が入ってしまったり、テープが絡まりそうになったりした失敗や、それでも必死に録音しようとしていた、あの頃の自分の姿そのものを指します。完璧な「クリアなデジタル音源」には、そうした作り手の個人的な痕跡や、熱量、つまり「情熱」や「心のときめき」は含まれません。テープを聴くことは、音楽だけでなく、それに付随する自分の過去の体験をも追体験することなのです。
- 3. 「オーディオ機器の進化」といった、技術的な未来の話をしているわけではありません。
- 4. 「耳が遠くなり」といった、身体的な老化の話ではありません。
【設問4】本文の内容と合致しないものを、次の中から一つ選べ。
- 「私」が録音したカセットテープには、DJの声などの雑音が入っているものもあった。
- 「私」は、現在、スマートフォンを使って、気軽に音楽を聴いている。
- 「私」は、最終的に、古いカセットテープの入った箱を、ゴミとして処分した。
- 「私」は、カセットテープを、自分の過去の時間と結びついた、特別なものだと感じている。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「曲の途中でDJの声が入ってしまったり」とあり、合致します。
- 2. 「今では、スマートフォン一つで、世界中の音楽が、いつでも、クリアな音質で聴ける」とあり、その恩恵を受けていることが示唆されます。合致します。
- 3. 「どうしても、その箱を、ゴミ集積所に置くことができなかった」「私は、その箱を、再び押し入れの奥に戻した」とあり、処分していません。明確に間違いです。
- 4. 「このテープに録音された音楽は、世界に一つしかない、私の時間そのものだ」とあり、合致します。
語句説明:
DJ(ディスクジョッキー):ラジオ番組などで、音楽をかけながら、解説やトークをする人。
感傷(かんしょう):物事に感じて心を痛めること。特に、寂しさや悲しさを感じやすい心の状態。
かけがえのない:代わりになるものがないほど、大切である。
音源(おんげん):音の源。ここでは、音楽が記録されている媒体やデータのこと。