現代文対策問題 41

本文

その日、私は、真新しいスーツに身を包み、会社の入社式に向かっていた。満員電車に揺られながら、窓の外を流れる景色を、ぼんやりと眺める。これから始まる社会人としての生活に、期待がなかったわけではない。しかし、それ以上に、自分が、個性のない、大勢の中の一人にすぎないという、漠然とした不安が胸に広がっていた。

会場に着くと、同じような真新しいスーツを着た同期たちが、緊張した面持ちで席を埋めている。その光景は、私の不安を、さらにかき立てるようだった。誰が誰だか見分けのつかない、無数の歯車の一つ。それが、これからの自分の姿なのだろうか。

社長の長い祝辞が終わり、最後に、新入社員の代表として、一人の女性が登壇した。凛とした声で、彼女は、これからの抱負を語り始めた。その内容は、正直に言えば、ありきたりなものだったかもしれない。しかし、彼女は、スピーチの最後に、こう付け加えたのだ。

「私たちは、今日、同じ色のスーツを着て、ここに集っています。しかし、この真新しいスーツが、やがて、それぞれの仕事や、人生の汗や、時には涙で、自分だけの色に染まっていくことを、私は、楽しみにしています」。
その言葉は、まるで、私の心を見透かしたかのようだった。そうだ、今は皆、同じでもいいのだ。これから、自分自身で、自分の色を見つけていけばいい。彼女の言葉に、私は、小さな勇気をもらったような気がした。


【設問1】傍線部①「自分が、個性のない、大勢の中の一人にすぎない」とあるが、この時の「私」の心境の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 社会人になるにあたり、学生時代の自由な個性が、組織の中で埋没してしまうことへの恐れ。
  2. 自分には、他の同期たちのような、特別な才能や、優れた能力は何もないという、強い劣等感。
  3. これから始まる、画一的で、変化のないサラリーマン生活に対する、深い絶望と、抵抗の気持ち。
  4. 周りの人々と自分を比較し、自分が他人からどう見られているかばかりを気にする、過剰な自意識。
【正解と解説】

正解 → 1

  • 1. 「真新しいスーツ」という画一的な服装が、この不安の象徴です。「私」は、会社という組織の一員になることで、学生時代まで持っていたはずの「個性」が失われ、没個性的な存在(大勢の中の一人)になってしまうのではないか、という「恐れ」を抱いています。この説明が、本文の文脈に最も合致します。
  • 2. 他の同期との「才能」や「能力」の比較ではなく、組織と個人という、より大きな構図の中での不安です。
  • 3. 「絶望」や「抵抗」というほど強い感情ではなく、「漠然とした不安」とあるように、まだはっきりしない、しかし確かな懸念です。
  • 4. 他人からどう見られるか、という外面的な問題よりは、自分自身のアイデンティティがどうなるのか、という内面的な問題です。

【設問2】傍線部②「この真新しいスーツが、やがて、それぞれの仕事や、人生の汗や、時には涙で、自分だけの色に染まっていく」という言葉の比喩的な意味の説明として、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 仕事で汚れたスーツを何度もクリーニングに出すうちに、生地の色が少しずつ褪せて、個性が生まれてくるということ。
  2. これから始まる社会人生活での様々な経験を通じて、画一的に見える私たち一人ひとりが、固有の人生を歩んでいくということ。
  3. 仕事のストレスや涙ぐましい努力によって、高価なスーツが台無しになってしまうのは、仕方のないことだということ。
  4. 見た目を飾るスーツの色よりも、その人が流した汗や涙といった、内面的な努力の方が、より重要であるということ。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 物理的な色の変化を述べているのではありません。比喩的な意味を問われています。
  • 2. 「同じ色のスーツ」は、スタートラインにおける「画一性」の象徴です。それに対し、「汗」や「涙」は、これから経験するであろう、仕事上の苦楽や個人的な人生経験の比喩です。それらを経て、スーツが「自分だけの色に染まる」とは、一人ひとりが、それぞれの経験を重ねることで、かけがえのない「固有の人生」を築き上げていく、ということを意味しています。
  • 3. スーツが「台無しになる」というネガティブな意味合いではなく、むしろ、それが価値ある個性になる、というポジティブなメッセージです。
  • 4. 「内面の方が重要」という比較論ではなく、内面(経験)が外面(スーツの色という比喩)に反映され、個性を形作っていく、というプロセスを述べています。

【設問3】新入社員代表の女性のスピーチが、「私」に「小さな勇気をもらった」ように感じさせたのはなぜか。その理由として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 彼女の堂々とした態度に感銘を受け、自分も彼女のようにならなければと、強く鼓舞されたから。
  2. ありきたりな内容のスピーチに、かえって親近感を覚え、自分だけが凡人ではないのだと安心できたから。
  3. 自分が抱えていた没個性化への不安を、肯定的な未来への展望へと、見事に転換してくれたから。
  4. 自分と同じ不安を、彼女もまた抱えているのだと知り、仲間意識を感じることができたから。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 彼女の態度に「鼓舞された」というよりは、彼女の「言葉」の内容に救われています。
  • 2. スピーチの核心は、「ありきたりな内容」ではなく、最後に付け加えられた独創的な言葉にあります。
  • 3. 「私」は、「自分だけが取り残されたような、個性のない一人」になってしまうという「不安」を抱えていました。それに対し、代表の女性は、今の画一性は出発点にすぎず、これから「自分だけの色」を築いていける、という「肯定的な未来への展望」を示してくれました。自分の悩みの本質を的確に捉え、それを希望に転換してくれたからこそ、「勇気をもらえた」のです。
  • 4. 彼女が「私」と「同じ不安を抱えている」かどうかは分かりません。むしろ、彼女は、その不安を乗り越える視点を提示してくれています。

【設問4】本文の内容と合致するものを、次の中から一つ選べ。

  1. 「私」は、新入社員の代表として、入社式でスピーチを行った。
  2. 新入社員代表の女性のスピーチは、終始、型にはまった平凡な内容だった。
  3. 「私」は、入社式の会場で、自分と同じスーツを着た人々の姿を見て、安心感を覚えた。
  4. 「私」は、自分の未来について、漠然とした不安を感じながら、入社式に臨んでいた。
【正解と解説】

正解 → 4

  • 1. 「私」ではなく、「一人の女性」が代表として登壇しています。間違いです。
  • 2. 「正直に言えば、ありきたりなものだったかもしれない」が、「スピーチの最後に、こう付け加えたのだ」と、独創的な言葉が続いており、「終始平凡」ではありません。間違いです。
  • 3. 「その光景は、私の不安を、さらにかき立てるようだった」とあり、「安心感」とは逆です。間違いです。
  • 4. 「自分が、個性のない、大勢の中の一人にすぎないという、漠然とした不安が胸に広がっていた」とあり、内容と合致します。

語句説明:
身を包む(みをつつむ):衣服などを、全身に着ること。
漠然(ばくぜん):ぼんやりとして、はっきりしないさま。
祝辞(しゅくじ):祝いの言葉。式典などでの、お祝いのスピーチ。
抱負(ほうふ):心の中に抱いている、決意や計画。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:41