現代文対策問題 38
本文
その日、私は、古い商店街の一角にある、小さな写真館のショーウィンドウに、ふと足を止めた。飾られているのは、七五三の晴れ着を着た子供や、制服姿の学生たちの、少し緊張した面持ちの記念写真だ。その中に、一枚だけ、古いモノクロの写真があった。
写っているのは、一組の若い夫婦。夫は、硬い表情でまっすぐ前を見つめ、妻は、その隣で、はにかむように、少しだけ俯いている。背景には、この写真館と同じ、見覚えのある壁紙。おそらく、何十年も前に、この場所で撮られたものだろう。
私は、その写真から、しばらく目が離せなかった。二人は、これから始まる新しい生活に、どんな夢を抱いていたのだろうか。写真の中の彼らは、もう若くはないだろう。あるいは、もう、この世にいないのかもしれない。それでも、彼らが生きた、その一瞬の真実が、色褪せた一枚の写真の中に、確かに刻まれている。
現代の私たちは、スマートフォンで、気軽に、数えきれないほどの写真を撮る。そのほとんどは、誰に見せるでもなく、データの海に埋もれていく。しかし、この一枚の写真は、違う。特別な日に、特別な場所で、たった一枚だけ撮られた、かけがえのない一枚。そこには、現代の写真が失ってしまった、ある種の「重み」があるように思えた。私は、その重みを、もう少しだけ感じていたくて、しばらくその場を動けなかった。
【設問1】傍線部①「私は、その写真から、しばらく目が離せなかった」とあるが、それはなぜか。その理由の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 写っている夫婦が、自分の祖父母によく似ており、強い親近感を覚えたから。
- 写真の構図や光の使い方が非常に巧みで、芸術作品として、純粋に感動したから。
- 一枚の写真に込められた、見知らぬ二人の人生の物語や、その瞬間の思いに、想像を掻き立てられたから。
- その写真が、有名な写真家の初期の作品である可能性に気づき、骨董品としての価値を吟味していたから。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「自分の祖父母に似て」いるという記述はありません。あくまで見知らぬ二人です。
- 2. 「芸術作品として感動」したというよりは、その内容、つまり写っている人物の物語に関心が向かっています。
- 3. 「二人は、これから始まる新しい生活に、どんな夢を抱いていたのだろうか」「写真の中の彼らは、もう若くはないだろう」といった部分は、まさに「私」が、写真の中の二人の「人生の物語」に「想像を掻き立てられ」ている様子を示しています。見知らぬ他者の人生の一断面に触れたことによる、ロマンティックな感慨が、彼女の視線を釘付けにしたのです。
- 4. 「骨董品としての価値」に関心があるわけではありません。
【設問2】傍線部②現代の写真が失ってしまった、ある種の「重み」とは、どのようなものか。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 一枚一枚の写真に、特別な時間や、その瞬間の真実を刻みつけようとする、人々の切実な思い。
- 高価なカメラや、専門的な現像技術を必要とする、写真撮影という行為の、経済的な重圧。
- 現代のデジタル写真にはない、フィルム写真独特の、ざらついた質感や、深みのある色合い。
- 家族の記録を、アルバムという物理的な形で、後世に語り継いでいかなければならないという、文化的な責任。
【正解と解説】
正解 → 1
- 1. 本文では、「気軽に、数えきれないほどの写真を撮る」現代と、「特別な日に、特別な場所で、たった一枚だけ撮られた」過去が対比されています。簡単に撮り直しができない時代において、一枚の写真は、その一瞬を永遠に留めようとする、撮影者の強い意志や、被写体の「かけがえのない」思いを背負っていました。この、一枚に込められた「切実な思い」こそが、本文で言う「重み」です。
- 2. 「経済的な重圧」という側面の話をしているわけではありません。
- 3. 「質感」や「色合い」といった、技術的な画質の話ではなく、もっと精神的な意味合いでの「重み」です。
- 4. 「文化的な責任」という社会的な話ではなく、写真を撮るという行為における、個人の心の持ちようの問題です。
【設問3】本文の内容に照らして、「私」が古いモノクロの写真に特に心惹かれた理由として、最も考えられるものを次の中から一つ選べ。
- 色情報がない分、写っている人物の表情や関係性に、より想像力を集中させることができたから。
- 他のカラー写真が、ありふれた記念写真ばかりで、退屈に感じられたから。
- モノクロ写真が、現代のカラフルな世界よりも、芸術的に優れているという、確固たる信念を持っていたから。
- その写真だけが、他の写真と違って、プロのモデルではなく、素人の夫婦を撮影したものだったから。
【正解と解説】
正解 → 1
- 1. ショーウィンドウには七五三や学生の写真など、他の写真もありました。しかし、「私」の想像力が掻き立てられたのは、このモノクロ写真でした。情報が少ない(色がついていない)からこそ、かえって「二人はどんな夢を」「彼らが生きた、その一瞬の真実」といった、写っていない背景の物語へと、見る者の想像をたくましくさせる効果があったと考えられます。この説明が最も説得力があります。
- 2. 他の写真を「退屈に感じられた」という記述はありません。
- 3. 「芸術的に優れている」という一般的な信念を述べているわけではなく、この特定の写真に惹かれた理由が問われています。
- 4. 七五三や学生の写真も、プロのモデルではなく、素人の写真です。
【設問4】本文の内容と合致しないものを、次の中から一つ選べ。
- 「私」が立ち止まった写真館は、古い商店街の中にあった。
- ショーウィンドウには、様々な年代の記念写真が飾られていた。
- 「私」は、古いモノクロ写真に写っている夫婦と、面識があった。
- 「私」は、現代において、写真が気軽に撮影されるようになったと考えている。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「古い商店街の一角にある、小さな写真館」とあり、合致します。
- 2. 七五三や学生の写真(比較的最近)と、古いモノクロ写真(何十年も前)が飾られており、合致します。
- 3. 「見知らぬ二人の人生の物語」とあるように、面識はありません。明確に間違いです。
- 4. 「現代の私たちは、スマートフォンで、気軽に、数えきれないほどの写真を撮る」という記述と合致します。
語句説明:
気圧される(けおされる):相手の勢いや雰囲気に圧倒されて、気後れする。
はにかむ:恥ずかしそうな表情をする。
俯く(うつむく):恥ずかしさや悲しさ、考え事などのために、顔を下に向け、首を前に倒す。
気概(きがい):困難に屈しない、強い意志や気性。