現代文対策問題 37

本文

その日、私は、大学の講義をさぼって、海沿いの町を走る、古い各駅停車に揺られていた。就職活動がうまくいかず、かといって、他にやりたいことがあるわけでもない。焦りと無気力の間で、宙吊りになったような気分だった。どこでもいい、とにかく、知らない場所へ行ってみたかった。

電車は、うとうとする私を乗せて、終点の無人駅に到着した。降り立ったのは、私一人だけ。錆びついた駅名看板、潮風に晒された木造の待合室。時間の流れが、ここだけ違うように、ゆったりとしていた。駅を出て、坂道を下ると、目の前に、きらきらと光る海が広がった。

私は、砂浜に座り込み、ただ、寄せては返す波の音を聞いていた。規則的で、しかし、一つとして同じではない、その音。聞いているうちに、私の内側でせめぎ合っていた、様々な焦りの感情が、少しずつ、その大きなリズムの中に溶けていくようだった。

どれくらいの時間が経っただろうか。不意に、背後で「兄ちゃん、何してるんだ」という声がした。振り返ると、日に焼けた地元の小学生が、不思議そうな顔で私を見ている。「別に、何も」と答えると、少年は「そっか」と言って、隣にちょこんと座った。そして、私と同じように、黙って海を眺め始めた。言葉はなかったが、その沈黙は、少しも気まずくなかった。私たちは、ただ、同じ海を、同じように眺めていた。それだけで、十分だった。


【設問1】傍線部①「私の内側でせめぎ合っていた、様々な焦りの感情」とあるが、この時の「私」が抱えていた感情の説明として、本文の内容に照らして最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 都会の喧騒から逃れたいという強い願望と、一人になることへの恐怖心。
  2. 就職活動がうまくいかないことへの苛立ちと、明確な目標がないことへの無力感。
  3. 講義をさぼってしまったことへの罪悪感と、それを誰かに咎められるのではないかという不安。
  4. 単調な大学生活への退屈さと、何か刺激的な出来事が起きてほしいという、漠然とした期待。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「一人になることへの恐怖心」は読み取れません。むしろ、一人になるために知らない場所へ来ています。
  • 2. 「就職活動がうまくいかず」という具体的な事実からくる「苛立ち」と、「かといって、他にやりたいことがあるわけでもない」という状況からくる「無力感」。この二つの感情が、心の中で葛藤(せめぎ合って)している状態を的確に説明しています。「宙吊りになったような気分」という表現も、この二つの間で身動きが取れない状態を示唆します。
  • 3. 講義をさぼったのは、この焦りからくる行動の結果であり、さぼったこと自体への「罪悪感」が、焦りの主たる原因ではありません。
  • 4. 「退屈さ」や「期待」というよりは、もっと切実な「焦り」や「無気力」が中心です。

【設問2】傍線部②「言葉はなかったが、その沈黙は、少しも気まずくなかった」とあるが、それはなぜか。その理由の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 少年が、自分の悩みをすべて理解し、同情してくれていると感じられたから。
  2. お互いに干渉せず、ただ同じ対象(海)を共有することで、言葉を超えた一体感が生まれていたから。
  3. 年の離れた子供相手だったので、無理に会話を合わせる必要がないと、気が楽になったから。
  4. 少年との間に、これから始まる新しい友情を予感し、心がときめいていたから。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 少年は「何してるんだ」と尋ねただけであり、「私」の悩みを「すべて理解」しているわけではありません。
  • 2. 二人は、互いの素性や内面について、一切「干渉」していません。しかし、「私と同じように、黙って海を眺め始め」「ただ、同じ海を、同じように眺めていた」という行動の共有が、二人の間に不思議な繋がり(一体感)を生み出しています。この、何かを共有しているが故の心地よい沈黙を、的確に説明しています。
  • 3. 「気が楽になった」という側面もあるかもしれませんが、それだけでは「少しも気まずくなかった」理由としては不十分です。心地よさの積極的な理由が求められています。
  • 4. 「新しい友情を予感」というほど、未来に向けた具体的な関係性を意識しているわけではありません。あくまで、その場限りの、一期一会の心地よさです。

【設問3】本文における「海」が、「私」に与えた影響の説明として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 人生の厳しさや、自然の圧倒的な力を象徴し、「私」に自分の無力さを改めて痛感させた。
  2. 美しい景色で「私」の心を癒やし、都会の悩みを忘れさせ、楽天的な気持ちにさせた。
  3. その雄大で規則的なリズムによって、「私」の心の中の葛藤を鎮め、穏やかな気持ちにさせた。
  4. 新たなインスピレーションを与え、就職ではなく、芸術の道へ進むべきだという決意を促した。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「無力さを痛感させた」のではなく、むしろ、心を落ち着かせるポジティブな効果をもたらしています。
  • 2. 「楽天的な気持ちにさせた」というほど、完全に悩みが解決したわけではありません。あくまで、焦りが和らいだという段階です。
  • 3. 「寄せては返す波の音」「規則的で、しかし、一つとして同じではない、その音」という「雄大で規則的なリズム」が、「私の内側でせめぎ合っていた、様々な焦りの感情が」「少しずつ、その大きなリズムの中に溶けていくようだった」とあるように、海の存在が「私」の心の混乱を鎮静化させ、「穏やかな気持ち」をもたらしたという説明が、本文の記述と合致します。
  • 4. 「芸術の道」といった、具体的な進路の発見には至っていません。

【設問4】本文の内容と合致しないものを、次の中から一つ選べ。

  1. 「私」は、明確な目的地を決めずに、電車に乗り込んだ。
  2. 「私」が降り立った駅は、利用者も少なく、ひっそりとしていた。
  3. 「私」は、砂浜で出会った少年に、自分の悩みを打ち明けた。
  4. 「私」は、就職活動が思うように進んでいなかった。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「どこでもいい、とにかく、知らない場所へ行ってみたかった」とあり、合致します。
  • 2. 「終点の無人駅に到着した。降り立ったのは、私一人だけ」とあり、合致します。
  • 3. 少年に「別に、何も」と答えており、「悩みを打ち明け」てはいません。明確に間違いです。
  • 4. 「就職活動がうまくいかず」という冒頭の記述と合致します。

語句説明:
無気力(むきりょく):何かをしようとする気力がないこと。
宙吊り(ちゅうづり):宙にぶら下がっている状態。物事が決まらず、不安定な状態のたとえ。
せめぎ合う:互いに激しく争う。競争する。
ちょこんと:小さく、かわいらしいさま。行儀よく座っているさま。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:37