現代文対策問題 34

本文

その日、私は、祖母が長年営んでいた小さな古書店を、一日だけ手伝うことになった。祖母が入院し、店を閉めるわけにもいかなかったからだ。普段は、客もまばらな、静かな店だ。一日くらい、楽なものだろうと、私は高をくくっていた。

しかし、その予想は、開店してすぐに裏切られた。次から次へと、客が訪れるのだ。しかし、彼らの目的は、本を買うことではなかった。「おばあちゃん、具合どう?」と、手作りの煮物を持ってきてくれる主婦。「店長がいないと、話し相手がいなくて寂しいよ」と、缶コーヒーを差し入れてくれる老人。彼らは、本のためではなく、ただ、祖母に会うために、この店を訪れていたのだ。

私は、祖母がただ、古い本を売っているだけだと思っていた。しかし、違った。この店は、本を売る場所であると同時に、地域の人々が集い、言葉を交わす、小さなコミュニティの中心だったのだ。祖母は、本だけでなく、人と人との繋がりをも、ここで育んでいた。

閉店時間になり、一人で店番をしていると、一人の少女が駆け込んできた。「これ、おばあちゃんに」と、彼女が差し出したのは、一枚の栞だった。手作りの、押し花の栞だ。「いつも、面白い本を教えてくれるから」。少女は、そう言って、はにかんだ。その栞を受け取った時、私は、この店が持つ本当の価値を、ようやく理解した気がした。それは、金銭では決して測れない、温かい価値だった。


【設問1】傍線部①「ただ、祖母に会うために、この店を訪れていた」という事実に気づいた時の「私」の気持ちの説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 客たちが本を買わずに立ち話ばかりしていくことに、商売の邪魔だと感じ、腹を立てている。
  2. 祖母が、自分の知らないところで多くの人々から慕われていることを知り、驚きと共に、祖母を見直している。
  3. 祖母の人柄に頼って、客たちが店に集まってくる状況を、経営的に不健全だと感じ、危機感を抱いている。
  4. 自分も祖母のように、多くの人から慕われる存在になりたいという、強い憧れと嫉妬の気持ち。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「腹を立てている」というネガティブな感情は読み取れません。むしろ、ポジティブな発見をしています。
  • 2. 「私」は、この店を「客もまばらな、静かな店」だと思っていました。しかし、実際には多くの客が祖母を慕って訪れることを知ります。この予想外の事実に対する「驚き」と、祖母が築き上げてきた人間関係の豊かさに対する「見直し」(尊敬)が、この時の「私」の気持ちとして最も適切です。
  • 3. 「不健全」「危機感」といった、経営的な視点からの分析は、本文の情緒的なトーンとは合いません。
  • 4. 「嫉妬」という感情は読み取れません。「憧れ」はあるかもしれませんが、まずは驚きと尊敬が先立っています。

【設問2】傍線部②「私は、この店が持つ本当の価値を、ようやく理解した」とあるが、「この店が持つ本当の価値」とは何か。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 希少な古書を数多く取り揃え、専門的な知識を提供できるという、文化的な価値。
  2. 地域のランドマークとして、長年、町の風景の一部であり続けてきたという、歴史的な価値。
  3. 本を介して、人と人との間に温かい交流や、世代を超えた繋がりが生まれるという、コミュニティとしての価値。
  4. 利益を度外視してでも、地域住民のために営業を続けるという、ボランティアとしての価値。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「希少な古書」や「専門的な知識」が価値の中心であるとは描かれていません。むしろ、本はきっかけに過ぎません。
  • 2. 「歴史的な価値」もゼロではありませんが、この物語で強調されているのは、もっと動的で、人と人との関係性に関わる価値です。
  • 3. 客たちが祖母に会いに来たり、少女が「面白い本を教えてくれるから」と感謝を伝えに来たりするように、この店は単なる売買の場所ではありません。「本を介して」人々が集い、交流する「コミュニティの中心」としての役割を果たしています。これが、金銭では測れない「温かい価値」であり、「本当の価値」です。
  • 4. 「ボランティア」として運営されているわけではありません。あくまで、商売を通じて、結果的にコミュニティが形成されているのです。

【設問3】本文の冒頭で、「私」が店番を「楽なものだろう」と「高をくくっていた」のはなぜか。その理由として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 祖母が高齢で、体力的な負担が少ない仕事しかできないだろうと考えていたから。
  2. 店の経営が赤字であり、もうすぐ閉店する運命にあることを知っていたから。
  3. 普段の店の様子から、客がほとんど来ない、暇な店だと判断していたから。
  4. 自分が祖母よりも、はるかに要領よく、効率的に店番をこなせる自信があったから。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 祖母の「体力」を基準に考えているわけではありません。あくまで店の様子からの判断です。
  • 2. 「経営が赤字」「閉店する運命」といった事実は本文に書かれていません。
  • 3. 「普段は、客もまばらな、静かな店だ」という「私」の認識が、この判断の直接的な根拠です。客が来ないなら、店番は楽だろう、と単純に考えたのです。
  • 4. 自分の「効率」や「自信」について述べているのではなく、店の状況についての客観的な(しかし間違っていた)分析に基づいています。

【設問4】本文の内容と合致しないものを、次の中から一つ選べ。

  1. 祖母が入院したため、「私」が代わりに店番をすることになった。
  2. 店を訪れた客の多くは、本を買うことだけが目的ではなかった。
  3. 「私」は、店番をしながら、多くの本を売って、店の売上に貢献した。
  4. 最後に店を訪れた少女は、祖母への感謝の印として、手作りの品を渡した。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「祖母が入院し、店を閉めるわけにもいかなかったからだ」とあり、合致します。
  • 2. 「彼らの目的は、本を買うことではなかった」と明確に書かれており、合致します。
  • 3. 客の多くが本を買わなかったこと、また、「私」が本を売ったという具体的な記述がないことから、この選択肢は本文の内容と合致しません。
  • 4. 「一枚の栞だった。手作りの、押し花の栞だ」とあり、合致します。

語句説明:
高をくくる(たかをくくる):大したことはないと見くびる。甘く見る。
まばら:物が隙間をあけて、ぽつりぽつりと存在しているさま。
はにかむ:恥ずかしそうな表情をする。はにかむ。
気概(きがい):困難に屈しない、強い意志や気性。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:34