現代文対策問題 29

本文

私が初めて「挫折」というものを味わったのは、中学二年の、ある夏の日だった。所属していたバスケットボール部で、私は、エースである親友の和樹に、どうしても勝つことができなかった。練習量なら、負けていないつもりだった。しかし、試合を決定づける最後の場面で、いつもボールは和樹の手に渡った。

その日も、練習試合で、私は決定的なシュートを外し、チームは一点差で敗れた。帰り道、和樹は、いつものように「次、頑張ろうぜ」と私の肩を叩いた。その励ましの言葉が、その日に限っては、ひどく耳障りだった。彼の悪意のない明るさが、私の惨めさを、より一層、際立たせるように思えたのだ。

私は、何も答えずに、彼に背を向けて走り出した。なぜ、お前なんだ。なぜ、俺じゃないんだ。言葉にならない感情が、喉の奥で渦巻いていた。夕暮れの公園で、一人、バスケットゴールにボールを投げつけ続けた。しかし、ボールは、まるで私の心を映すかのように、何度もリングに嫌われた。

息を切らして座り込んでいると、不意に、和樹が隣に立っていた。ペットボトルを一本、黙って差し出してくる。「……見苦しいところ、見せた」。私がそう言うと、和樹は首を横に振った。「俺だって、いつも怖いよ。最後の一本を外したらって思うと、手が震える」。初めて聞く、絶対的なエースの弱音だった。私たちは、その日、初めて、ライバルとしてではなく、同じ痛みを分かち合う、ただの仲間になれた気がした。


【設問1】傍線部①「励ましの言葉が、その日に限っては、ひどく耳障りだった」とあるが、この時の「私」の心情の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 和樹の言葉に、自分の失敗を嘲笑するような、隠された悪意を感じ取ったから。
  2. 常に勝者である和樹からの慰めが、敗者である自分の立場を強調されているように感じられ、屈辱的だったから。
  3. 和樹が、自分の本当の実力を評価せず、ただ気休めを言っているだけだと感じ、不信感を抱いたから。
  4. 練習試合の敗北の原因が、和樹の独りよがりなプレーにあったと考えており、彼の言葉に腹を立てたから。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「彼の悪意のない明るさが」とあるように、「私」は和樹に悪意がないことを理解しています。
  • 2. 「私」は和樹に勝ちたいと強く願っていますが、現実には勝てず、この日も決定的な失敗をしています。そんな「敗者」の自分にとって、常に「勝者」の立場にいる和樹からの励ましは、無意識のうちに二人の間の越えられない差を見せつけられているようで、プライドが傷つき、「屈辱的」に感じられたのです。「私の惨めさを、より一層、際立たせる」という記述が、この解釈を裏付けています。
  • 3. 和樹が自分の実力をどう評価しているか、という点が問題なのではなく、二人の立場(勝者と敗者)の違いが問題となっています。
  • 4. 敗北の原因は「私」がシュートを外したことであり、和樹のプレーを責めているわけではありません。

【設問2】傍線部②「俺だって、いつも怖いよ。最後の一本を外したらって思うと、手が震える」という和樹の言葉が、「私」に与えた影響の説明として、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 自分だけがプレッシャーを感じているわけではないと知り、和樹への嫉妬心が、共感と親近感へと変化した。
  2. 和樹が精神的に弱い人間だと知り、これからは自分が彼を支え、チームを引っ張っていこうと決意した。
  3. 和樹の弱音を聞いたことで、彼に勝つ絶好の機会だと感じ、ライバル意識をさらに燃え上がらせた。
  4. 和樹の言葉を、自分の失敗を慰めるための言い訳だと感じ、彼に対する不信感を一層強くした。
【正解と解説】

正解 → 1

  • 1. 「私」は、和樹を絶対的な強者として見ており、それが嫉妬や劣等感の原因でした。しかし、その和樹もまた、自分と同じようにプレッシャーや恐怖(弱さ)を抱えていると知ったことで、彼を遠い存在ではなく、同じ痛みを持つ仲間として認識できるようになりました。これにより、一方的な「嫉妬心」が、痛みを分かち合う「共感」へと質的に変化したのです。
  • 2. 和樹を「弱い人間」だと見下すのではなく、対等な仲間として認識できるようになっています。
  • 3. 「ライバル意識」が「燃え上がった」のではなく、むしろ、ライバルという関係性を超えた、仲間としての繋がりが生まれた場面です。
  • 4. 「初めて聞く、絶対的なエースの弱音だった」とあるように、「私」はその言葉を真摯に受け止めています。「言い訳」だとは感じていません。

【設問3】本文の結末で、「私」が「ただの仲間になれた気がした」のはなぜか。その理由として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 和樹が、自分の失敗を許し、これからも親友として付き合い続けることを約束してくれたから。
  2. バスケットボールという競技を通じて、勝敗を超えたスポーツマンシップの精神を学ぶことができたから。
  3. 強者と弱者という関係性ではなく、同じ恐怖やプレッシャーを抱える、対等な一人の人間として、互いを理解できたから。
  4. 和樹と一緒に夜遅くまで練習することで、言葉を交わさずとも、互いの気持ちが通じ合うようになったから。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 和樹が「私」の失敗を責めていたわけではないので、「許し」がテーマではありません。
  • 2. 「スポーツマンシップ」という一般的な精神論ではなく、もっと個人的で、具体的な二人の関係性の変化が主題です。
  • 3. それまでは「エースと、それに及ばない自分」という「強者と弱者」の関係で和樹を見ていました。しかし、和樹の告白によって、彼も「同じ痛み」を抱えていることを知ります。これにより、二人は、能力の優劣や勝敗といった「ライバル」としての関係を超え、同じ悩みを共有する「対等な」個人として結びつきました。これが「ただの仲間」という言葉の意味するところです。
  • 4. この場面では、練習よりも、「言葉」によるコミュニケーションが、関係を変化させる決定的なきっかけとなっています。

【設問4】本文の内容と合致するものを、次の中から一つ選べ。

  1. 「私」は、練習試合で決定的なシュートを成功させ、チームを勝利に導いた。
  2. 和樹は、「私」の嫉妬心に気づかず、無邪気に励ましの言葉をかけた。
  3. 「私」は、和樹に腹を立て、彼に暴力を振るってしまった。
  4. 和樹は、公園で一人で練習している「私」を、遠くから黙って見守っていた。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「決定的なシュートを外し、チームは一点差で敗れた」とあり、間違いです。
  • 2. 「彼の悪意のない明るさが、私の惨めさを、より一層、際立たせる」とあるように、和樹は「私」の複雑な心情に気づいていません。内容と合致します。
  • 3. 「彼に背を向けて走り出した」とあり、暴力を振るってはいません。間違いです。
  • 4. 「遠くから黙って見守っていた」のではなく、最終的には隣に来て、ペットボトルを差し出し、話しかけています。間違いです。

語句説明:
エース:チームの中心となる、最も優れた選手。
耳障り(みみざわり):聞いていて、不快に感じること。
見苦しい(みぐるしい):見た目が悪い。体裁が悪い。恥ずべきさまである。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:29