現代文対策問題 28

本文

その日の理科の実験は、二人一組で、顕微鏡の操作を学ぶというものだった。私は、クラスで一番、成績優秀な鈴木さんと組むことになった。彼女は、先生の説明を聞いている時から、熱心にメモを取り、その目は真剣そのものだった。

正直に言えば、私は少し気後れしていた。鈴木さんは、いつも完璧だ。授業中の受け答えも、提出するレポートも、非の打ち所がない。そんな彼女と組んで、自分が足を引っ張ってしまうのではないか。そんな不安が、私の胸をよぎった。

実験が始まった。プレパラートの準備も、ピントの調整も、鈴木さんは教科書通りに、迷いなくこなしていく。私は、ただ、その隣で彼女の指示を待つばかりだった。その時、事件は起きた。鈴木さんが、ピントを合わせるために接眼レンズを覗き込んだまま、対物レンズを上げてしまい、プレパラートを割ってしまったのだ。パリン、という乾いた音が、静かな理科室に響いた

私は、一瞬、息を呑んだ。完璧な鈴木さんの、初めて見る失敗。彼女は、顔を真っ赤にして、呆然と割れたガラスを見つめている。その姿は、私が知っている、いつも自信に満ち溢れた彼女とは、まるで別人だった。私は、彼女にかける言葉を探した。そして、言った。「大丈夫。次、俺がやってみるよ」。その時、私の中にあった彼女への苦手意識が、すうっと消えていくのを感じた。彼女もまた、私と同じように、失敗するただのクラスメートなのだ。


【設問1】傍線部①「パリン、という乾いた音が、静かな理科室に響いた」とあるが、この音は、「私」にとってどのような意味を持つ出来事であったか。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 鈴木さんの不注意さを目の当たりにし、彼女への評価を改めるきっかけとなった出来事。
  2. 実験の失敗を共に経験したことで、鈴木さんとの間に連帯感が生まれた出来事。
  3. 完璧だと思っていた人物の、予期せぬ失敗を目撃し、彼女への認識が揺らぐきっかけとなった出来事。
  4. 静かな理科室の空気を壊してしまったことへの焦りと、先生に叱られるのではないかという恐怖を感じさせた出来事。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「不注意さ」を責めるというよりは、失敗そのものに驚いています。評価が「改まった」というより、もっと根本的な認識が変化しています。
  • 2. 失敗したのは鈴木さんであり、「共に経験した」わけではありません。連帯感が生まれるのは、この後の「私」の行動がきっかけです。
  • 3. 「私」は鈴木さんを「いつも完璧だ」「非の打ち所がない」存在だと思っていました。その絶対的なイメージが、プレパラートが割れる音と共に、文字通り「割れた」のです。完璧な人間の「予期せぬ失敗」は、「私」が抱いていた彼女への固定観念(認識)を「揺るがす」大きなきっかけとなりました。この説明が最も的確です。
  • 4. 「焦り」や「恐怖」を感じたのは、おそらく失敗した鈴木さん本人でしょう。「私」はむしろ、驚きと共に、状況を客観的に見ています。

【設問2】傍線部②「その時、私の中にあった彼女への苦手意識が、すうっと消えていくのを感じた」とあるが、それはなぜか。その理由の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 鈴木さんの失敗を慰めることで、自分が優位な立場に立てたという満足感を得られたから。
  2. 完璧だと思っていた相手の人間的な弱さに触れ、自分との間にあった心理的な壁が取り払われたから。
  3. 実験を失敗した鈴木さんの代わりに、自分が実験を成功させ、先生やクラスメートから高い評価を得られると思ったから。
  4. 鈴木さんが、自分の失敗を素直に認めて謝罪したことで、彼女の誠実な人柄に感銘を受けたから。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「優位な立場に立てた」というマウンティング的な感情は、その後の「大丈夫」という優しい言葉とは結びつきません。
  • 2. 「私」が感じていた「気後れ」や「苦手意識」は、鈴木さんが「完璧」であるという認識から生まれていました。しかし、彼女の失敗という「人間的な弱さ」に触れたことで、彼女が自分と同じ、不完全な人間なのだと理解できました。これにより、一方的に感じていた「心理的な壁」がなくなり、対等なクラスメートとして彼女を見られるようになったのです。これが苦手意識が消えた最も本質的な理由です。
  • 3. 他者からの「高い評価」を期待するような、打算的な心理は読み取れません。
  • 4. 鈴木さんは「呆然と」しており、まだ「謝罪」はしていません。

【設問3】実験が始まった当初、「私」が「ただ、その隣で彼女の指示を待つばかりだった」のはなぜか。その理由として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 実験に全く興味がなく、面倒な作業はすべて鈴木さんに押し付けようと思っていたから。
  2. 鈴木さんの能力を高く評価し、自分が下手に手出しをするより、彼女に任せた方が良いと判断したから。
  3. 先生から、実験の主導権は鈴木さんが握るようにと、事前に指示を受けていたから。
  4. 自分の不器用さに自信がなく、もし失敗したら、完璧な鈴木さんに軽蔑されるのではないかと恐れていたから。
【正解と解説】

正解 → 4

  • 1. 「興味がなく」「押し付けよう」という、怠惰で無責任な態度は本文から読み取れません。
  • 2. 「彼女に任せた方が良い」という合理的な判断というよりは、もっと感情的な「気後れ」が原因です。
  • 3. 「先生からの指示」といった記述は一切ありません。
  • 4. 「正直に言えば、私は少し気後れしていた」「自分が足を引っ張ってしまうのではないか。そんな不安が、私の胸をよぎった」という記述が、この選択肢の根拠となります。完璧なパートナーの前で失敗することへの「恐れ」が、彼を受動的な態度にさせているのです。

【設問4】本文の内容と合致するものを、次の中から一つ選べ。

  1. 鈴木さんは、実験器具の扱いに慣れておらず、最初から失敗ばかりを繰り返していた。
  2. 「私」は、鈴木さんがプレパラートを割った時、彼女を厳しく非難した。
  3. 鈴木さんの失敗を見た後、「私」は自分が代わりに実験を行うことを申し出た。
  4. 鈴木さんは、プレパラートを割ってしまったことを、全く気にしている様子はなかった。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「教科書通りに、迷いなくこなしていく」とあり、最初は完璧でした。間違いです。
  • 2. 「大丈夫」と声をかけており、「厳しく非難した」わけではありません。間違いです。
  • 3. 「大丈夫。次、俺がやってみるよ」と明確に申し出ており、本文の内容と合致します。
  • 4. 「顔を真っ赤にして、呆然と割れたガラスを見つめている」とあり、非常に気にしています。間違いです。

語句説明:
気後れ(きおくれ):相手の勢いや雰囲気に圧倒されて、心がひるむこと。自信をなくすこと。
非の打ち所がない(ひのうちどころがない):欠点や短所が全くなく、完璧である。
プレパラート:顕微鏡で観察するために、スライドガラスの上に試料を乗せてカバーガラスをかけたもの。
呆然(ぼうぜん):あっけにとられて、我を忘れてぼんやりするさま。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:28