現代文対策問題 26

本文

その日、私は父の古い書斎を整理していた。父が亡くなって、もう三年になる。生前の父は、厳格で、家庭のことよりも仕事を優先する人だった。私との会話も少なく、正直に言えば、私は父のことが少し苦手だった。そんな父が、何を考え、何を感じていたのか、私はほとんど知らない。

本棚の裏から、古びた一冊の日記帳が見つかった。父のものだった。ためらいながらも、私はそのページをめくった。そこには、几帳面な文字で、日々の出来事が淡々と綴られていた。仕事の苦労、同僚への不満、そして、私の知らない母とのやりとり。読み進めるうちに、私の知らない父の、生身の姿が浮かび上がってきた

最後の方のページに、私の大学の合格発表の日のことが書かれていた。「朋子の受験番号、見つけた。声には出さなかったが、涙が出た。あいつは、俺に似ず、よく頑張った」。私は、その一文から目が離せなくなった。あの日、父はいつも通り、「そうか」と短く言っただけだった。私は、てっきり、私のことなど興味がないのだと思っていた。しかし、違ったのだ。

父は、ただ、不器用だっただけなのだ。自分の感情を表に出すことが、極端に苦手な人だったのだ。厳格な父の仮面の下に隠されていた、深い愛情。三年という時間を経て、私は、ようやく父と本当の意味で向き合えたような気がした。日記帳を閉じた私の頬を、温かいものが、静かに伝っていった。


【設問1】傍線部①「私の知らない父の、生身の姿が浮かび上がってきた」とあるが、これはどういうことか。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 父が、実は家族に隠れて、多額の借金をしていたという衝撃の事実を知った。
  2. 厳格で仕事一筋だと思っていた父が、実際には悩みや不満を抱える、一人の人間であったことを知った。
  3. 父が、自分の知らないところで、輝かしい功績をいくつも残していたことを知り、尊敬の念を新たにした。
  4. 父が、私や母に対して、強い憎しみを抱いていたことを知り、深い絶望感に襲われた。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「借金」といった具体的な記述はありません。
  • 2. 「私」にとって父は、「厳格で、家庭のことよりも仕事を優先する人」という一面的な存在でした。しかし、日記に書かれた「仕事の苦労、同僚への不満」などは、父が感情を持つ「生身の」人間であったことを示しています。固定観念としての父ではなく、一人の人間としての父の姿が見えてきた、というこの説明が最も適切です。
  • 3. 日記の内容は「輝かしい功績」ではなく、むしろ日々の苦労や悩みです。
  • 4. 「憎しみ」ではなく、むしろ愛情が隠されていたことが後にわかります。

【設問2】傍線部②「父は、ただ、不器用だっただけなのだ」という気づきが、「私」に与えた影響の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 父の無関心な態度の原因が、彼の不器用な性格にあったと理解し、長年の誤解が解けて、父への親しみが湧いてきた。
  2. 父が自分の気持ちをうまく表現できなかったことを、今さらながら批判したいという、新たな怒りがこみ上げてきた。
  3. 父の不器用さを受け入れたことで、これからは父の分まで、自分が家族を支えていかなければならないという責任感が芽生えた。
  4. 父もまた完璧な人間ではなかったと知ったことで、父に対する尊敬の念が薄れ、気持ちが楽になった。
【正解と解説】

正解 → 1

  • 1. 「私」は父の態度を「私のことなど興味がないのだ」と解釈し、それが原因で父を「少し苦手」に感じていました。しかし、日記を読んでその態度が「不器用」さから来るものだったと理解します。これにより、「興味がない」という「長年の誤解」が解け、隠された愛情を知ったことで、父との精神的な距離が縮まり、「親しみ」に近い感情が生まれたと解釈できます。「本当の意味で向き合えた」という記述がこれを裏付けます。
  • 2. 「批判」や「怒り」ではなく、むしろ理解と和解の方向へ気持ちが動いています。
  • 3. 「責任感」が芽生えたというよりは、過去の父との関係性を修復するという、もっと個人的な心の動きが中心です。
  • 4. 「尊敬の念が薄れ」たのではなく、むしろ愛情の深さを知ったことで、これまでとは質の違う、より人間的な尊敬や愛情を感じるようになったと考えるべきです。

【設問3】合格発表の日の父の「そうか」という短い返事に対し、「私」が「私のことなど興味がないのだと思っていた」のはなぜか。その理由として最も考えられるものを、次の中から一つ選べ。

  1. 父が、その日、仕事のトラブルで機嫌が悪かったのを、「私」が敏感に察知したから。
  2. 日頃から父とのコミュニケーションが乏しく、その愛情表現を十分に受け取れていなかったから。
  3. 「私」自身、合格した大学に不満があり、父の言葉を否定的に受け止めてしまったから。
  4. 父が、自分と同じ大学に進んでほしかったという、強い期待を持っていたことを知っていたから。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 父の機嫌が悪かったという記述はありません。
  • 2. 「私との会話も少なく、正直に言えば、私は父のことが少し苦手だった」という記述が示すように、父と「私」の間には普段から精神的な距離がありました。このような関係性の中では、言葉足らずな父親の態度を、愛情の欠如、すなわち「興味がない」と解釈してしまうのは自然なことです。日頃の関係性が、その日の解釈を決定づけてしまったと考えられます。
  • 3. 「私」が大学に不満があったという記述はありません。
  • 4. 父が「私」の進路に特定の期待をしていたという記述はありません。

【設問4】本文の結末で「私」が流した涙の説明として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 父の死を改めて実感し、もう二度と会えないことへの、どうしようもない悲しみの涙。
  2. 生前の父の本当の気持ちを理解できなかった、自分自身の愚かさに対する、後悔と自責の念からの涙。
  3. 父が隠していた深い愛情に、死後、ようやく触れることができたことへの、安堵と感動の入り混じった涙。
  4. 父が、自分に何も遺してくれなかったことへの、深い失望と、これからの人生への不安からくる涙。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 単純な「死を悲しむ涙」ではありません。父の死から三年経っており、涙のきっかけは日記を読んだことによる新たな発見です。
  • 2. 「後悔と自責の念」も含まれるかもしれませんが、それだけでは、涙を流した後の「本当の意味で向き合えたような気がした」という肯定的な心境を説明できません。
  • 3. 「苦手だった」父の、知らなかった「深い愛情」に、日記を通じて触れることができた。それは、長年の誤解が解けたことへの「安堵」であり、父の愛情の深さへの「感動」でもあります。そして、その結果として「父と本当の意味で向き合えた」という、前向きな心の状態に至っています。この、複雑でありながら温かい涙の説明が最も適切です。
  • 4. 「失望」や「不安」とは正反対の状況です。父は、日記という形で、何よりも大切なものを遺してくれました。

語句説明:
厳格(げんかく):規則や礼儀作法に厳しく、少しの不正やだらしなさも許さないさま。
几帳面(きちょうめん):物事をすみずみまで、正確、誠実に行うさま。
生身(なまみ):感情や欲望、弱さなどを持った、現実の人間。
仮面(かめん):ここでは、本心を隠すための、表面的な態度のこと。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:26