現代文対策問題 22

本文

その日、私は母と、些細なことで口論になった。売り言葉に買い言葉。気づけば、私は「もう勝手にすれば」という言葉を吐き捨て、自室に閉じこもっていた。夕食に呼ばれても、返事をしなかった。静まり返った家の中に、自分の立てたドアの音だけが、いつまでも響いているような気がした。

深夜、空腹に耐えかねて、こっそりと階下の台所へ向かった。誰もいない薄暗い台所のテーブルの上に、ラップのかけられた食事が、ぽつんと置かれていた。私の好物である、生姜焼き。そして、脇には「温めて食べてね」という、母の丸文字のメモが添えられている。そのメモを見た瞬間、私の胸の奥が、ずきりと痛んだ。

私は、母の優しさに甘えていたのだ。どんなに酷い言葉を投げつけても、最後には許されるだろうと。母が、私の知らないところで、どれだけ心を痛めていたか。そんなことには、想像力の一片も働かせていなかった。テーブルの上の冷え切った生姜焼きは、まるで、そんな私の身勝手さを映す鏡のようだった。

私は、その生姜焼きを温めることもせず、冷たいまま、ゆっくりと口に運んだ。塩辛い味がしたのは、きっと気のせいではない。自分本位な鋭い言葉で母を傷つけた罰を、私は、この冷たくて塩辛い食事で、受け止めているような気がした。ごちそうさま、と心の中で呟き、私は静かに皿を洗った。明日の朝、一番に謝ろう。そう、固く心に誓って。


【設問1】傍線部①テーブルの上に食事が「ぽつんと置かれていた」という描写からうかがえることとして、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 夕食の時間に現れなかった「私」に対する、母の怒りや抗議の気持ち。
  2. 家族の団らんから孤立してしまった「私」の寂しさと、それに対する母の無言の配慮。
  3. 母が「私」の好物をわざと粗末に扱うことで、自分の不満を伝えようとする意図。
  4. いつでも食べられるようにという母の優しさと、それを受け取れない「私」との間の気まずい断絶。
【正解と解説】

正解 → 4

  • 1. 「怒りや抗議」であれば、食事は用意されないでしょう。むしろ、その逆の感情が読み取れます。
  • 2. 「私」の孤立感も表現されていますが、この描写の中心は、用意された食事と、そこにいない「私」との関係性です。「母の無言の配慮」というだけでは、そこに存在する「断絶」のニュアンスが不足しています。
  • 3. 「粗末に扱」ってはいません。ラップをかけ、メモを添えるなど、愛情が感じられます。
  • 4. 食事を用意するという行為には母の「優しさ」があります。しかし、それが賑やかな食卓ではなく、深夜の台所に「ぽつんと」置かれているという状況は、喧嘩によって生じた母と「私」との「気まずい断絶」を象徴しています。優しさと断絶が同居するこの説明が最も的確です。

【設問2】傍線部②「塩辛い味がしたのは、きっと気のせいではない」とあるが、これはどういうことか。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 母が、怒りのあまり、わざと料理の味付けを濃くしたのだと「私」が解釈した。
  2. 自分の酷い態度を後悔する涙が、気づかぬうちに料理に落ち、その味を変えてしまった。
  3. 空腹のあまり、味覚が敏感になり、普段よりも料理の塩味を強く感じてしまった。
  4. 冷え切った料理を無理に食べたことで、気分が悪くなり、正常な味覚を失ってしまった。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 母の優しさを感じた直後なので、「母がわざと」と解釈するのは不自然です。母の優しさと料理の塩辛さが結びついていません。
  • 2. これは文学作品で頻繁に用いられる表現です。物理的に涙が落ちたかどうかは別として、「私」が感じている罪悪感や後悔の念(心の涙)が、食事の味覚に影響を与えていると解釈するのが最も美しいです。「胸の奥が、ずきりと痛んだ」という心境と、「塩辛い味」が直結しています。
  • 3. 「空腹」が理由であれば、もっと美味しく感じるはずです。心理的な理由を探るべきです。
  • 4. 「気分が悪く」なったという記述はなく、むしろ、この食事を罰として受け止めるという、精神的な行為として描かれています。

【設問3】本文における「私」の心情の変化の説明として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 母への反抗心から、意地を張って自室に閉じこもっていたが、空腹に負けて、あっさりと自分の非を認めた。
  2. 母の優しさに甘えていた自分の身勝手さに気づき、反省の念から、母の愛情を罰として受け止めようと気持ちを切り替えた。
  3. 母との口論を後悔していたが、自分のために用意された食事を見て、母の深い愛情に気づき、心が満たされた。
  4. 母の過干渉な態度にうんざりしていたが、一人になって冷静になることで、母のありがたみを再認識し、感謝の念を抱いた。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「空腹に負けて」という物理的な理由だけでなく、メモを見たことによる、より大きな精神的な変化が起きています。
  • 2. 「母の優しさに甘えていた」「私の身勝手さ」に気づき(自己認識)、その結果、「自分本位な鋭い言葉で母を傷つけた罰を」「受け止めているような気がした」という心境(罰としての食事)へと変化する流れを、最も正確に説明しています。
  • 3. 「心が満たされた」というよりは、「ずきりと痛んだ」り、「罰として受け止め」たりと、むしろ痛みを伴う反省が中心となっています。
  • 4. 母の態度を「過干渉」だと感じていたという記述はありません。問題は、母の態度ではなく、「私」の甘えです。

【設問4】本文の内容と合致するものを、次の中から一つ選べ。

  1. 「私」は、母との口論の後、すぐに謝罪し、一緒に夕食を食べた。
  2. 「私」は、母の用意した食事が、自分の嫌いな食べ物であったことに腹を立てた。
  3. 「私」は、母のメモを読んだ後、食事を電子レンジで温めてから食べた。
  4. 「私」は、母の優しさに触れ、翌朝に謝罪しようと心に決めた。
【正解と解説】

正解 → 4

  • 1. 「夕食に呼ばれても、返事をしなかった」とあり、一緒に食べていません。間違いです。
  • 2. 「私の好物である、生姜焼き」とあり、間違いです。
  • 3. 「その生姜焼きを温めることもせず、冷たいまま、ゆっくりと口に運んだ」とあり、間違いです。
  • 4. 「明日の朝、一番に謝ろう。そう、固く心に誓って」という最後の文が、この選択肢の内容と完全に合致します。

語句説明:
売り言葉に買い言葉:相手の悪口に対して、こちらも悪口で応酬すること。
耐えかねて(たえかねて):我慢しきれなくなって。
ささくれ:ここでは、荒れてとげとげしくなった心の状態のたとえ。
身勝手(みがって):自分の都合ばかりを考え、他人のことを考えないこと。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:22