現代文対策問題 2
本文
古いアルバムをめくっていた日曜の午後、一枚の写真に目が留まった。色褪せたその写真には、祖母の家の縁側で、大きなスイカを前に満面の笑みを浮かべる幼い私が写っている。隣には、少しはにかみながらも優しくこちらを見つめる祖母の姿。カシャリ、とシャッターが切られたあの夏の日の記憶が、ふわりと蘇る。
祖母はいつも私の好物を作って待っていてくれた。特に夏になると、畑で採れたばかりの瑞々しい野菜や、冷たく冷やした麦茶を用意してくれた。あの縁側は、私にとって世界の中心だった。蝉の声、土の匂い、風鈴の涼やかな音色。そのすべてが、祖母の温かい愛情に包まれていたように思う。
しかし、成長するにつれて、私は都会の友人や部活動を優先し、祖母の家を訪れる回数は次第に減っていった。最後にお見舞いに行った時、祖母は痩せた手で私の手を握り、「また、あの縁側でスイカを食べたいねぇ」と掠れた声で言った。私は「うん、また来年ね」と答えたが、その約束が果たされることはなかった。
写真の中の私は、祖母が隣にいることを当然のこととして、無邪気に笑っている。この笑顔が、今は少しだけ胸に痛い。失って初めて、その存在の大きさに気づくとは、こういうことなのだろう。私はそっと写真をアルバムに戻し、窓の外に広がる灰色の空を眺めた。あの夏の日々は、もう二度と戻らない。
【設問1】傍線部「この笑顔が、今は少しだけ胸に痛い」とあるが、この時の「私」の心情の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 幼い頃の自分の無邪気な笑顔が、現在の自分の成長した姿と比べて気恥ずかしく感じられている。
- 祖母の愛情を当たり前のものとして受け取っていた過去の自分に対し、後悔と切なさを感じている。
- 写真を見ることで辛い記憶が蘇り、祖母との思い出から目を背けたいという気持ちになっている。
- 祖母と一緒に笑っている楽しい思い出が、現在の孤独な状況をより一層際立たせ、悲しみを深くしている。
【設問2】本文における「私」の祖母に対する気持ちの変化の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 幼い頃は祖母の愛情を無条件に受け入れていたが、成長と共にその存在を疎ましく思うようになり、最終的に無関心になった。
- かつては祖母との時間を大切に思っていたが、多忙な日々に追われるうちに関係が希薄になり、今では後悔の念だけが残っている。
- 幼少期は祖母の優しさを当然のものと感じていたが、祖母を失った今、その愛情のかけがえのなさを痛感し、深く感謝している。
- 昔も今も変わらず祖母を深く敬愛していたが、約束を果たせなかった罪悪感から、思い出を美化することで心を保とうとしている。
【設問3】本文の内容に照らして、**間違っているもの**を、次の中から一つ選べ。
- 「私」は、学生時代に友人との付き合いや部活動を重視するようになった。
- 祖母は亡くなる直前まで、「私」と縁側で過ごした夏の日のことを懐かしんでいた。
- 「私」は、祖母が亡くなって初めて、その愛情の本当の価値に気づいたと感じている。
- 「私」は、祖母との約束を破ってしまったことを悔やみ、すぐに墓前に報告しに行った。
【設問4】本文の構成と表現に関する説明として、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 過去の楽しい思い出と現在の寂寥感を対比させることで、失われた時間への郷愁を際立たせている。
- 時間軸を頻繁に行き来させる複雑な構成によって、記憶の不確かさと曖昧さを表現している。
- 客観的な事実のみを淡々と描写することで、読者に感情移入をさせず、冷静な分析を促している。
- 縁側の情景描写を意図的に省略することで、思い出がすでに「私」の中から消えかけていることを暗示している。
【正解と解説】
設問1:正解 → 2
- 1. 「気恥ずかしい」という感情は本文から読み取れません。「胸に痛い」はより深い後悔や切なさを示唆します。
- 2. 「祖母が隣にいることを当然のこととして」いた自分と、「失って初めて、その存在の大きさに気づく」という現在の心境が結びついており、後悔と切なさという説明が最も的確です。
- 3. 「目を背けたい」のではなく、むしろ過去と向き合い、その意味を噛み締めている状況です。
- 4. 「孤独」が主題ではなく、祖母への感謝と後悔が中心的な感情です。「悲しみ」だけでは捉えきれません。
設問2:正解 → 3
- 1. 「疎ましく思う」や「無関心になった」という記述はなく、関係が疎遠になったという事実と、それに対する後悔が述べられています。
- 2. 「後悔の念だけが残っている」というのは言い過ぎです。失ったことで、むしろ愛情の大きさや感謝の念が深まっています。
- 3. 「当然のこととして」いた幼少期から、「失って初めて、その存在の大きさに気づく」という現在の心境への変化を最も正確に捉えています。感謝の念は、愛情の価値を痛感した結果として生まれる感情です。
- 4. 「昔も今も変わらず」という点が不正確です。昔は「当然のこと」と受け止めていました。また、「思い出を美化」しているというより、失ったことで本質的な価値に気づいた、という文脈です。
設問3:正解 → 4
- 1. 「都会の友人や部活動を優先し」という記述と一致します。
- 2. 最後の会話で「また、あの縁側でスイカを食べたいねぇ」と語っており、一致します。
- 3. 「失って初めて、その存在の大きさに気づくとは、こういうことなのだろう」という記述と一致します。
- 4. 本文の最後は、アルバムを閉じて物思いに耽っている場面で終わっており、墓前に報告に行ったという記述は一切ありません。これは本文の範囲を超えた解釈です。
設問4:正解 → 1
- 1. 幼い頃の「満面の笑み」や「世界の中心だった」縁側の記憶と、現在の「胸に痛い」感情や「灰色の空」が対照的に描かれ、テーマである「失われたものへの郷愁」を効果的に表現しています。
- 2. 構成は「現在(写真)→過去(回想)→現在(述懐)」と整理されており、「複雑」ではありません。記憶も鮮明に描かれています。
- 3. 「胸に痛い」「愛情に包まれていた」など、主観的・感情的な表現が多く用いられており、「客観的な事実のみ」という説明は誤りです。
- 4. 「蝉の声、土の匂い、風鈴の涼やかな音色」など、五感に訴える情景描写は豊かであり、「意図的に省略」しているとはいえません。
語句説明:
はにかむ:恥ずかしそうな表情をする。
瑞々しい(みずみずしい):水分が多くて、生き生きしている様子。
掠れた(かれた):しわがれて、はっきりしない声。
寂寥感(せきりょうかん):物寂しく、心が満たされない感じ。