現代文対策問題 19

本文

その日、私は駅前のベンチに座って、ぼんやりと鳩を眺めていた。第一志望の大学に落ち、後期日程でかろうじて合格した、あまり馴染みのない大学の入学式を、二日後に控えていた。合格はしたものの、心は晴れない。周囲の友人たちが、皆、第一志望の大学に進んでいく中で、自分だけが取り残されたような、惨めな気持ちだった。これから始まる新しい生活にも、何の期待も持てずにいた。

そんな私の隣に、見知らぬ老人が、ことりと腰を下ろした。手にした古い文庫本に静かに目を落としている。気まずい沈黙が流れた。やがて、老人は本から顔を上げ、私にでもなく、空にでもなく、独り言のように呟いた。

「道草も、悪くない」

その一言が、私の胸にすとんと落ちた。老人は続けた。「まっすぐな道ばかりが、良い道とは限らんのです。迷ったり、寄り道したりしたからこそ、見える景色というのも、ありますからなあ」。それだけ言うと、老人は再び本に視線を戻した。私に何かを教え諭すわけではない、ただの独り言。しかし、その言葉は、まるで硬く閉ざされていた私の心の扉を、優しくノックするようだった。

第一志望の大学に進むことだけが、唯一の正しい道だと思い込んでいた。しかし、本当にそうだろうか。思い通りにいかなかったこの経験も、長い目で見れば、何か意味のある「道草」になるのかもしれない。そう思った瞬間、目の前の鳩が、一斉に空へと羽ばたいていった。その力強い姿が、ほんの少しだけ、私の背中を押してくれたような気がした。


【設問1】傍線部①「自分だけが取り残されたような、惨めな気持ちだった」とあるが、この時の「私」の心境の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 友人たちへの強い嫉妬心から、彼らの成功を素直に喜べず、自己嫌悪に陥っている。
  2. 自分の努力が足りなかったことを深く後悔し、不甲斐ない自分自身に対して怒りを感じている。
  3. 思い描いていた未来とは違う現実を前に、劣等感と、先の見えない将来への絶望感を抱いている。
  4. 後期日程で合格した大学に通うことへの恥ずかしさから、友人たちと顔を合わせたくないと思っている。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「嫉妬心」や「自己嫌悪」も含まれるかもしれませんが、「取り残された」「惨めな」という言葉が示す中心的な感情は、他者との比較による劣等感と、将来への希望の喪失です。
  • 2. 「怒り」という攻撃的な感情よりは、「惨め」という、より内向的で沈んだ感情が描かれています。
  • 3. 周囲の友人が第一志望に進むという理想的な状況と、そうでない自分とを比べた結果の「劣等感」。そして「これから始まる新しい生活にも、何の期待も持てずにいた」という記述から「先の見えない将来への絶望感」。この二つを合わせた説明が、「取り残されたような、惨めな気持ち」を最も的確に表しています。
  • 4. 「友人たちと顔を合わせたくない」とまでは書かれていません。あくまで、自分の内面で感じている惨めさが中心です。

【設問2】傍線部②「そう思った瞬間、目の前の鳩が、一斉に空へと羽ばたいていった」という情景が象徴しているものとして、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 自分の悩みがいかにちっぽけなものであったかを悟り、現実から目を背けたいという気持ち。
  2. 老人との出会いによって、塞ぎ込んでいた気持ちが解き放たれ、未来へ向けて一歩踏み出そうとする心の変化。
  3. 思い通りにならない現実から、鳥のように自由に飛び去ってしまいたいという、逃避的な願望。
  4. これから始まる大学生活が、鳩のように騒々しく、落ち着かないものになるだろうという不安。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「ちっぽけ」だと悟ったというより、自分の状況を新しい視点で捉え直したのです。現実から目を背けてはいません。
  • 2. 老人の言葉によって「道草も、悪くない」と考え方が転換した「瞬間」に、鳩が「一斉に空へと羽ばた」く。このタイミングの一致は、情景と心境の連動(シンクロ)を示す典型的な表現です。地面にうずくまっていた鳩が空へ飛び立つ姿は、地面に縛られていた「私」の気持ちが、未来という空へ向かって解き放たれる様子を象徴しています。「私の背中を押してくれた」という記述もこの解釈を裏付けます。
  • 3. 「逃避的な願望」ではなく、むしろ現実(道草)を受け入れた上での前向きな気持ちの変化です。
  • 4. 「不安」ではなく、力強い羽ばたきに「背中を押してくれた」とあるように、ポジティブな象徴として描かれています。

【設問3】老人の「道草も、悪くない」という言葉が、「私」の心に響いた理由として、本文の内容に照らして最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 人生経験の豊富な老人の言葉には、有無を言わさぬ説得力があったから。
  2. 「私」が今まさに直面している状況を、全く違う肯定的な視点から捉え直すきっかけを与えてくれたから。
  3. 自分の悩みを誰かに聞いてもらいたいと思っていた時に、タイミングよく話しかけてくれたから。
  4. 老人の言葉によって、第一志望の大学に落ちたことは、自分の努力不足ではなかったと思えるようになったから。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「説得力」があったというよりは、独り言のようなさりげない言葉であったからこそ、素直に心に入ってきたのです。
  • 2. 「私」は、第一志望に落ちたことを「失敗」や「停滞」とネガティブに捉えていました。それに対し、老人は「道草」という言葉で、遠回りすることの価値を示唆します。これは、失敗と捉えていた出来事を、新たな発見があるかもしれないプロセスの一部として「肯定的な視点から捉え直す」きっかけであり、硬直した考えをほぐした核心的な理由です。
  • 3. 老人は「私」に直接話しかけたのではなく、「独り言のように呟いた」のです。そのさりげなさが重要でした。
  • 4. 「努力不足」だったかどうかという過去の原因分析ではなく、これからの未来の捉え方を変えるきっかけとなったのです。

【設問4】本文の内容と合致しないものを、次の中から一つ選べ。

  1. 「私」は、友人たちと同じ大学に進学することができなかった。
  2. 「私」は、ベンチで隣に座った老人と、身の上話について深く語り合った。
  3. 「私」は、当初、新しい大学生活に対して、前向きな気持ちを持てずにいた。
  4. 「私」は、老人との出会いをきっかけに、自分の状況を少し肯定的に捉えられるようになった。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「周囲の友人たちが、皆、第一志望の大学に進んでいく中で、自分だけが取り残された」とあり、合致します。
  • 2. 老人は「独り言のように呟いた」だけであり、「私」もそれに対して返事をしていません。「深く語り合った」という事実はなく、明確な間違いです。
  • 3. 「何の期待も持てずにいた」という記述と合致します。
  • 4. 老人の言葉をきっかけに、「何か意味のある『道草』になるのかもしれない」と考え方が変化し、心が少し軽くなっています。合致します。

語句説明:
かろうじて:ぎりぎりのところで、やっとのことで。
ことりと:物が軽く当たる、小さい音を表す言葉。
諭す(さとす):物事の道理がよく分かるように教え導くこと。
道草(みちくさ)を食う:目的地へ行く途中で、他のことにかかわって時間を使うこと。寄り道。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:19