現代文対策問題 18
本文
その日、私は八年ぶりに、高校時代の親友だった美咲と会うことになっていた。駅の改札口で待っていると、「遅れてごめん」という声と共に、見慣れない女性が駆け寄ってきた。それが、記憶の中の面影を残しながらも、すっかり大人の女性になった美咲だった。私たちはぎこちなく挨拶を交わし、近くのカフェに入った。
八年という時間は、思った以上に長かったらしい。学生時代のようには、言葉が滑らかに出てこない。近況を報告し合うものの、その会話はどこか表面的で、互いに探り合っているような緊張感が漂う。美咲は、有名企業で活躍しているらしく、その話しぶりには自信が満ち溢れていた。一方の私は、夢だったイラストレーターの道に進んだものの、まだ鳴かず飛ばずの状態だ。彼女の眩しさが、私の胸にちくりと刺さった。
気まずい沈黙が流れた時、美咲がふと鞄から小さなスケッチブックを取り出した。「これ、まだ持ってるんだ」と彼女が広げたページには、高校時代に私が描いた、彼女の似顔絵があった。ふざけて描いた、少し意地悪な似顔絵だ。「ひどい顔ー」と私は笑ったが、美咲は続けた。「ううん。私が本当に辛かった時、これ見て、一人で笑ってた。あんたの絵があったから、頑張れたんだよ」。
その言葉は、私の心のささくれを、そっと撫でるようだった。私が負い目を感じていたこの八年間、私の些細な落書きが、遠くで親友を支えていた。私たちは、違う道を歩いていても、見えない糸で繋がっていたのかもしれない。気づけば、私たちは昔のように、くだらない冗談を言って笑い合っていた。
【設問1】傍線部①「彼女の眩しさが、私の胸にちくりと刺さった」とあるが、この時の「私」の心情の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 美咲が自分の知らない間にすっかり変わってしまったことに対し、裏切られたような寂しさを感じている。
- 輝かしいキャリアを積んでいる美咲と、夢が叶えられずにいる自分とを比較し、劣等感や焦りを感じている。
- 美咲が自分の成功を自慢しているように感じられ、彼女の無神経な態度に対して、不快感を覚えている。
- 久しぶりに会った親友の成功を心から祝福できずにいる、自分の心の狭さに対して、自己嫌悪を感じている。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「寂しさ」というよりは、「ちくりと刺さった」という表現から、もっと痛みや焦りを伴う感情であることが示唆されます。
- 2. 「有名企業で活躍している」「自信が満ち溢れていた」美咲と、「まだ鳴かず飛ばずの状態」である「私」。この明確な対比が「眩しさ」を生み、それが「私」の心に「ちくりと」刺さる、という流れは、自分の現状に対する「劣等感」や「焦り」を的確に説明しています。
- 3. 美咲が「自慢している」とまでは書かれていません。「私」が一方的にそう感じている可能性はありますが、根本にあるのは彼女への「不快感」より、自分自身への不甲斐なさです。
- 4. 「自己嫌悪」も含まれるかもしれませんが、その原因は、他者(美咲)との「比較」によって生まれる「劣等感」です。より直接的な原因を説明している2が最適です。
【設問2】傍線部②「その言葉は、私の心のささくれを、そっと撫でるようだった」とあるが、それはなぜか。理由の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 自分のイラストレーターとしての才能を、親友である美咲が高く評価してくれていると分かり、自信を取り戻したから。
- 自分が劣等感を抱いていた相手が、実は自分に助けられていたと知り、優越感に浸ることができたから。
- 自分の存在が、知らないところで親友の支えになっていたと分かり、自分の価値を再認識できたから。
- 美咲が昔の思い出話をすることで、気まずい空気を和ませようとしてくれている、その優しさに感動したから。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 美咲が評価しているのは、絵の「才能」や技術の高さというより、それを見て「笑えた」という、もっと個人的で情緒的な価値です。
- 2. 「優越感」という競争的な感情ではありません。心の「ささくれ」が癒やされるのは、もっと温かい感情によるものです。
- 3. 劣等感を感じ、自信を失いかけていた「私」にとって、自分の過去の行為(似顔絵)が、輝かしく見えた親友の「支え」になっていたという事実は、大きな驚きであると同時に、自分の存在意義や価値を再認識させてくれるものでした。卑下していた自分の存在が肯定されたことによる安堵感が、「ささくれを撫でる」という比喩に最も合致します。
- 4. 単に「空気を和ませようと」しているのではなく、美咲は心からの感謝を伝えています。その本心に触れたからこそ、「私」の心は癒やされたのです。
【設問3】この出来事を通じた二人の関係性の変化の説明として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 互いの立場の違いが明確になり、これ以上、昔のような友人関係を続けるのは難しいと互いに悟った。
- 八年間の空白期間に感じていた心理的な距離が、過去の共有体験をきっかけとして、再び縮まった。
- イラストレーターである「私」と、そのファンである美咲という、新たな上下関係が生まれることになった。
- 美咲が「私」に助けられていたという事実が判明し、二人の力関係が完全に逆転することになった。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「昔のように、くだらない冗談を言って笑い合っていた」とあるように、関係は修復されています。間違いです。
- 2. 最初は「言葉が滑らかに出てこない」「緊張感が漂う」など、八年間の「心理的な距離」がありましたが、似顔絵という「共有体験」を思い出したことで、その距離が埋まり、「昔のように」笑い合える関係に戻っています。この変化の流れを最も的確に説明しています。
- 3. 「ファン」や「上下関係」といった言葉で表されるような関係性ではありません。対等な友人関係の復活です。
- 4. 「力関係が完全に逆転」したわけではありません。互いが互いを支え合う、対等な友人としての繋がりが再確認されたのです。
【設問4】本文の内容と合致するものを、次の中から一つ選べ。
- 「私」と美咲は、高校卒業後も、頻繁に連絡を取り合っていた。
- 「私」は、自分のイラストレーターとしての現状に、完全な満足感を覚えていた。
- 美咲は、「私」が高校時代に描いた似顔絵を、大切に保管していた。
- 美咲は、有名企業を辞め、イラストレーターになるために「私」に相談を持ち掛けた。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「八年ぶりに」会ったとあり、ぎこちない様子からも、頻繁に連絡を取り合ってはいなかったことがわかります。間違いです。
- 2. 「まだ鳴かず飛ばずの状態」であり、美咲に劣等感を抱いていることから、「完全な満足感」は覚えていません。間違いです。
- 3. 「これ、まだ持ってるんだ」と言ってスケッチブックを取り出し、辛い時に見ていたと語っていることから、大切に保管していたことがわかります。これが内容と合致します。
- 4. 美咲が会社を辞めたいとか、イラストレーターになりたいといった話は一切出てきません。間違いです。
語句説明:
面影(おもかげ):記憶の中にある、その人の顔や姿。
鳴かず飛ばず(なかずとばず):将来の活躍に備えて、長い間機会をうかがっているさま。転じて、何の活躍もせず、目立たないままでいるさま。
ささくれ:ここでは、荒れてとげとげしくなった心の状態のたとえ。