現代文対策問題 17

本文

幼い頃、夏休みになると、私はいつも田舎の祖父母の家に預けられた。祖父は無口な人で、何を考えているのか、子供の私にはよく分からなかった。ただ、縁側で黙ってスイカを食べるその大きな背中を、私は今でも覚えている。

ある日、私は裏山で捕まえたクワガタを、自慢げに祖父に見せに行った。都会育ちの私にとって、それは勲章のようなものだった。しかし、祖父は「ほう」と短く言っただけで、特に褒めてはくれなかった。私は少しがっかりして、つまらないような気持ちになった。祖父は、私のことなど、あまり関心がないのだろうと思っていた。

その夜、寝苦しくて目を覚ますと、隣の部屋から明かりが漏れていた。そっと覗くと、祖父が机に向かい、昼間私が捕まえたクワガタを、小さな筆で丁寧に写生していたのだ。図鑑と見比べながら、その特徴を細かくスケッチブックに描き込んでいる。その真剣な横顔は、昼間の無愛想な表情とはまるで違っていた。

祖父は、私の手柄を褒め称える代わりに、私が持ち帰った小さな命そのものに、静かに向き合ってくれていたのだ。言葉にはしない。しかし、その背中と、鉛筆を走らせる音だけが、雄弁に愛情を物語っていた。次の日、祖父は私に、クワガタの絵が描かれたスケッチブックを黙って手渡した。そのページは、どんな言葉よりも温かい、私と祖父だけの秘密の宝物になった。


【設問1】傍線部①「少しがっかりして、つまらないような気持ちになった」とあるが、この時の「私」の心情の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 祖父がクワガタに全く興味を示さなかったため、自分の発見の価値を否定されたように感じている。
  2. 祖父が期待していたほどの賞賛をしてくれなかったため、自分の努力が認められなかったと感じ、拗ねている。
  3. 祖父が無口で何を考えているか分からないため、コミュニケーションが取れないことへの苛立ちを感じている。
  4. 都会の自慢が田舎では通用しないという現実を知り、プライドが傷ついて、気まずい思いをしている。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 祖父は「ほう」と反応しており、「全く興味を示さなかった」わけではありません。また、「発見の価値を否定された」というよりは、期待した反応がもらえなかったことへの不満が中心です。
  • 2. 「自慢げに」見せに行った「勲章のようなもの」に対して、祖父の反応が薄かったため、「がっかり」しています。子供が大人に褒めてもらえず、「つまらない」と感じるのは、自分の頑張りを認めてもらえなかったと感じて拗ねる気持ちに他なりません。この説明が最も子供の心理に寄り添っています。
  • 3. 「苛立ち」という強い感情ではなく、「がっかり」「つまらない」という、もう少し子供っぽい、いじけた感情です。
  • 4. 「都会の自慢が田舎では通用しない」といった、対立的な構図で物事を考えているわけではありません。あくまで大好きな祖父に認めてもらいたい、という純粋な気持ちが根底にあります。

【設問2】傍線部②「どんな言葉よりも温かい、私と祖父だけの秘密の宝物」とあるが、「私」がそのように感じたのはなぜか。その理由の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 祖父が自分のために、夜更かししてまで素晴らしい絵を描いてくれたという、特別な行為そのものに感動したから。
  2. 祖父の描いた絵が非常に巧みで、図鑑よりも分かりやすく、生物の知識を深めることができたから。
  3. 言葉では伝えられなかった祖父の深い愛情と関心を、絵という形で受け取ることができたと感じたから。
  4. 祖父が自分と同じように、昆虫採集という趣味を持っていたことを知り、強い仲間意識を感じたから。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「特別な行為」に感動したのは事実ですが、なぜそれが「どんな言葉よりも温かい」のか、という理由にまでは踏み込んでいません。
  • 2. 絵の上手さや「知識」が感動の中心ではありません。感動はもっと情緒的なものです。
  • 3. 「私」は当初、祖父が自分に「あまり関心がないのだろう」と思っていました。しかし、写生という行為を通じて、祖父が自分の発見(クワガタ)に真剣に向き合い、深い関心を寄せてくれていたことを知ります。言葉には出さない祖父の不器用だが誠実な「愛情」を、絵を通じて理解できたことこそが、このページを「宝物」にした核心的な理由です。
  • 4. 祖父が「昆虫採集」という趣味を持っていたわけではありません。あくまで「私」が捕まえてきたものに関心を示したのです。

【設問3】本文における祖父の人物像の説明として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 口数が多く、誰にでも気さくに話しかけるが、行動が伴わないため、あまり信頼されていない。
  2. 口数は少ないが、対象を深く観察し、言葉ではなく行動や作品で、自身の関心や愛情を示す。
  3. 孫の教育に非常に熱心で、様々なことを教え込もうとするが、その思いは空回りしがちである。
  4. 自分の趣味の世界に没頭するあまり、他者とのコミュニケーションをほとんど取ろうとしない。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「口数が多い」という記述と正反対です。
  • 2. 「無口な人」であるが、「小さな筆で丁寧に写生していた」り、「スケッチブックを黙って手渡」したりするなど、その行動や成果物(作品)を通じて、孫への深い愛情や関心を示しています。本文全体の祖父の姿を最も的確に要約しています。
  • 3. 「教え込もうとする」という積極的な教育姿勢は見られません。むしろ、孫の発見を静かに受け止めています。
  • 4. 「自分の趣味」ではなく、孫が捕まえてきたものに興味を示しています。コミュニケーションを「取ろうとしない」のではなく、彼なりの方法で取っているのです。

【設問4】本文の内容と合致しないものを、次の中から一つ選べ。

  1. 「私」は、祖父が自分の捕まえたクワガタに、あまり良い反応をしなかったと感じた。
  2. 「私」は、夜中に偶然、祖父がクワガタの絵を描いているところを目撃した。
  3. 祖父は、クワガタの絵について、その場で「私」に詳しく解説して聞かせた。
  4. 祖父の描いたクワガタの絵は、「私」にとって大切な思い出の品となった。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「特に褒めてはくれなかった」「少しがっかりして」という記述と合致します。
  • 2. 「寝苦しくて目を覚ますと」「そっと覗くと」という記述と合致します。
  • 3. 祖父は「スケッチブックを黙って手渡した」とあり、「詳しく解説」はしていません。したがって、この選択肢は明確に内容と合致しません。
  • 4. 「私と祖父だけの秘密の宝物になった」という記述と合致します。

語句説明:
勲章(くんしょう):ここでは、誇らしく、名誉なものであることのたとえ。
写生(しゃせい):景色や物などを、見たままに描き写すこと。
雄弁(ゆうべん):言葉や文章が力強く、説得力があること。ここでは、声なく何かを強く語りかけてくる様子。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:17