現代文対策問題 15

本文

出張で、十年ぶりに故郷の町を訪れた。駅前に新しくできたビジネスホテルに荷物を置き、私はあてもなく町を歩いてみることにした。見慣れた景色の中に、真新しいコンビニやチェーン店が、まるでパッチワークの当て布のように、不器用にはめ込まれている。

町の中心部を流れる川に沿って歩いていると、一軒の模型店が目に入った。子供の頃、小遣いを握りしめて通った「タナカ模型店」だ。色褪せた看板、日に焼けたショーウィンドウ。周囲の店が次々と姿を消していく中で、この店だけが、まるで時間の流れから取り残されたように、ひっそりとそこに在った。ガラス戸を引くと、カラン、と懐かしい鈴の音が鳴る。店主の田中さんは、カウンターの奥で、小さな部品を相手に、黙々と作業をしていた。「いらっしゃい」と顔を上げたその顔には、深いしわが刻まれている。

「この飛行機、まだあったんですね」。私が指さしたのは、子供の頃、欲しくてたまらなかったが、高くて買えなかった戦闘機のプラモデルだった。田中さんは目を細め、「ああ、これかい。もう、作る子もいなくなっちまってねえ」と寂しそうに笑った。

結局、私はそのプラモデルを買って店を出た。作るあてなどない。ただ、これを買わなければ、子供時代の自分の一部が、この町から永遠に消えてしまうような気がしたのだ。ホテルの部屋に戻り、包装紙を開ける。箱の中から、古いプラスチックの匂いがした。それは、忘れかけていた、あの頃の宝物の匂いだった。


【設問1】傍線部①「この店だけが、まるで時間の流れから取り残されたように、ひっそりとそこに在った」という表現からうかがえる「私」の気持ちとして、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 町の発展を妨げている時代遅れの店の存在を、苦々しい思いで見つめている。
  2. 変わっていく故郷の風景の中で、唯一変わらない店の姿に、安堵と懐かしさを感じている。
  3. 経営が成り立っていないであろう店の将来を案じ、店主に対して同情的な気持ちを抱いている。
  4. 自分の記憶と寸分違わぬ店のたたずまいに、まるで時間が止まっているかのような非現実的な感覚を覚えている。
【正解と解説】

正解 → 2

  • 1. 「苦々しい」というネガティブな感情は本文の文脈に合いません。むしろ、この店はポジティブな対象として描かれています。
  • 2. 新しい店が「不器用にはめ込まれている」と感じる「私」にとって、昔のままの模型店は、失われつつある故郷の原風景そのものです。その変わらない姿を発見した時の「懐かしい鈴の音」などの描写からも、「安堵」と「懐かしさ」という感情が最も的確です。
  • 3. 「同情」というよりは、自分の思い出の場所が残っていたことへの、もっと個人的な感情が中心です。
  • 4. 「非現実的な感覚」も間違いではありませんが、より根底にあるのは、変わらないことへの「安堵」や、過去を思い出す「懐かしさ」という感情的な動きです。

【設問2】傍線部②「これを買わなければ、子供時代の自分の一部が、この町から永遠に消えてしまうような気がしたのだ」とあるが、これはどういうことか。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 高価なプラモデルを買うことで、大人になった自分の経済力を、子供時代の自分に誇示したいという気持ちの表れ。
  2. 店主の田中さんへの同情から、店の経営を少しでも助けるために、高額な商品を購入したという慈善行為。
  3. 変わりゆく故郷の中で、自分の思い出の象徴であるプラモデルを所有することで、過去との繋がりを形として留めておきたいという切実な思い。
  4. 出張で故郷に来た記念として、何か思い出の品を持ち帰りたいという、感傷的な旅行者心理の表れ。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「誇示」といった見栄や優越感が動機ではありません。もっと切ない感情が根底にあります。
  • 2. 「慈善行為」という側面もあるかもしれませんが、動機の中心は「子供時代の自分の一部が、この町から永遠に消えてしまう」という、もっと自己の内面に関わる問題です。
  • 3. 町が変わり、店もいつなくなるか分からない状況で、子供の頃の憧れの象徴であったプラモデルは、「私」の失われつつある過去そのものです。それを「買う」という行為によって、消えゆく記憶や過去の自分との「繋がり」を物質的な「形」として手元に残し、保存しようとする心情を的確に説明しています。
  • 4. 単なる「旅行者心理」や「記念品」という言葉では、「永遠に消えてしまうような気がした」という切迫した心情を説明するには不十分です。

【設問3】本文の最後の「それは、忘れかけていた、あの頃の宝物の匂いだった」という一文が象徴しているものとして、最も適当なものを次の中から一つ選べ。

  1. 大人になる過程で失ってしまった、純粋な憧れや、何かに夢中になったときのときめき。
  2. 子供の頃に買えなかった高価な玩具を、ようやく手に入れたことによる、長年の渇望感の充足。
  3. 故郷の町そのものが持つ、都会にはない、素朴で懐かしい空気や雰囲気。
  4. プラスチック製品が時間と共に劣化していくように、人間の記憶もまた、儚く消えゆくものであるという真理。
【正解と解説】

正解 → 1

  • 1. プラモデルそのものではなく、箱からした「匂い」がきっかけとなって、忘れていた感情が蘇っています。その感情とは、子供の頃にプラモデルに抱いていた「欲しくてたまらなかった」という強い憧れや、それを「宝物」だと感じていた純粋な心です。匂いが、効率や現実を優先する大人になる中で「忘れかけていた」大切な感情を呼び覚ましたと解釈するのが最も美しいです。
  • 2. 「渇望感の充足」というより、そのモノに付随していた「感情」の記憶が蘇ったことが重要です。
  • 3. 「故郷の町そのものが持つ匂い」ではなく、あくまで「古いプラスチックの匂い」という、極めて個人的な記憶に結びついた匂いです。
  • 4. 「記憶が儚く消えゆく」という諦念ではなく、むしろ「忘れかけていた」記憶が鮮やかに蘇る、という肯定的な奇跡を描いています。

【設問4】本文の内容と合致するものを、次の中から一つ選べ。

  1. 「私」の故郷の町は、昔ながらの風情を完全に保っており、ほとんど変化していなかった。
  2. 模型店の店主である田中さんは、「私」が店を訪れたことを全く覚えていなかった。
  3. 「私」は、買ったプラモデルをホテルの部屋で早速組み立てて、子供の頃の夢を叶えた。
  4. 「私」は、子供の頃に欲しかったプラモデルを、大人になってから購入した。
【正解と解説】

正解 → 4

  • 1. 「真新しいコンビニやチェーン店が」「不器用にはめ込まれている」とあり、町が変化していることがわかります。間違いです。
  • 2. 田中さんが「私」を覚えているかいないかについては、本文に明確な記述がありません。
  • 3. 「作るあてなどない」と明言されており、組み立ててはいません。間違いです。
  • 4. 子供の頃「欲しくてたまらなかった」が「高くて買えなかった」プラモデルを、「結局、私はそのプラモデルを買って店を出た」とあるので、この記述は本文の内容と合致します。

語句説明:
あてもなく:特定の目的もなく。
パッチワーク:様々な色や柄の布切れをつなぎ合わせる手芸。ここでは、統一感なく新しいものが混在している様子。
そつなく:手抜かりなく、要領よく物事をこなすさま。
ひっそりと:人目につかず、静かなさま。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:15