現代文対策問題 14
本文
その日、私は会社の先輩である佐々木さんと、初めて二人で居酒屋に行った。佐々木さんは、仕事ができて誰にでも優しい、完璧な人だ。入社以来、私がどれほど助けられてきたか分からない。しかし、その完璧さ故に、どこか壁を感じてもいた。雑談をしていても、佐々木さんは決して自分の弱みやプライベートなことを見せようとはしなかった。
その日も、当たり障りのない仕事の話が続いていた。私が、最近の仕事のプレッシャーについて、つい弱音を漏らしてしまった時だった。佐々木さんは、しばらく黙って私の話を聞いていたが、やがて、ぽつりと言った。「俺も、新人の頃は毎晩眠れなかったよ」。
私は、耳を疑った。あの完璧な佐々木さんが、眠れないほどのプレッシャーを感じていたなんて。想像もしたことがなかった。佐々木さんは続けた。「失敗しない人間なんていない。大事なのは、失敗した後にどうするかだ。お前は、いつもちゃんとそこから逃げずに立て直そうとしてる。俺は、そういうところ、ちゃんと見てるよ」。
その言葉は、どんな慰めよりも深く、私の心に沁み渡った。完璧だと思っていた先輩が見せてくれた、ほんの少しの人間らしさ。そして、私が一人で抱えていると思っていた苦しさを、理解し、認めてくれていたという事実。グラスの向こうに見える佐々木さんの顔が、その時、初めて同じ地平に立つ「人間」の顔に見えた気がした。
【設問1】傍線部①「俺も、新人の頃は毎晩眠れなかったよ」という佐々木さんの言葉が、「私」に「想像もしたことがなかった」ほどの衝撃を与えたのはなぜか。その理由の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 佐々木さんが自分の弱みを打ち明けたことで、彼の完璧なイメージが崩れ、幻滅に近い感情を抱いたから。
- 自分だけが特別な苦労をしていると思っていたのに、佐々木さんも同じだったと知り、自分の悩みが陳腐に思えたから。
- 完璧で自分とは違う世界の人間だと思っていた先輩が、実は自分と同じように悩み苦しんでいたことを初めて知ったから。
- 仕事上の悩みを相談したのに、個人的な昔話で話をそらされたように感じ、不満を覚えたから。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「幻滅」ではなく、むしろその後の言葉に深く感動しています。ネガティブな感情ではありません。
- 2. 「悩みが陳腐に思えた」という自己卑下ではなく、むしろ共感と安堵の感情が生まれています。
- 3. 「私」は佐々木さんを「仕事ができて誰にでも優しい、完璧な人」であり、「決して自分の弱みやプライベートなことを見せようとはしなかった」存在だと認識していました。そんな彼が自分と同じ弱さを持っていたという事実は、彼に対する固定観念を根底から覆すものであり、「想像もしたことがなかった」という衝撃を的確に説明しています。
- 4. 「不満」とは正反対で、「どんな慰めよりも深く、私の心に沁み渡った」とあるように、深く感謝しています。
【設問2】傍線部②「グラスの向こうに見える佐々木さんの顔が、その時、初めて同じ地平に立つ『人間』の顔に見えた」とは、どういうことか。その説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- アルコールの影響で、佐々木さんへの過剰な尊敬の念が薄れ、対等な友人として見ることができるようになった。
- 佐々木さんの意外な一面を知ったことで、これまでの尊敬が薄れ、ライバルとして見なすようになった。
- 完璧で雲の上の存在だと感じていた先輩との間にあった心理的な壁がなくなり、親近感を覚えるようになった。
- 佐々木さんが自分を認めてくれたことで自信がつき、これからは先輩に頼らず、自分の力だけで仕事を進めようと決意した。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「アルコールの影響」が原因ではありません。あくまで、彼の言葉による心理的な変化です。
- 2. 「尊敬が薄れ」たのではなく、尊敬の質が変わったのです。「ライバル」という競争的な関係になったわけでもありません。
- 3. 「完璧な人」で「壁を感じていた」という、いわば見上げるような関係(違う地平)から、弱さや苦労を共有する「同じ地平に立つ『人間』」へと認識が変わったことを意味します。これにより、心理的な距離が縮まり、親近感が生まれたと解釈するのが最も適切です。
- 4. 「先輩に頼らず」という自立の決意というよりは、先輩との精神的な繋がりができたことへの安堵や喜びが中心です。
【設問3】佐々木さんが、この時に初めて「私」に自身の過去の弱みを打ち明けた理由として、本文から考えられる最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 酔った勢いで、普段は言わないようなことを口にしてしまった。
- 自分の武勇伝を語ることで、「私」からの尊敬をさらに集めようとした。
- 弱音を漏らした「私」を励ますために、最も効果的な方法だと考えたから。
- 完璧な先輩という役割を演じることに、疲れを感じていたから。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「酔った勢い」という描写はなく、彼の言葉は思慮深いものです。
- 2. 「武勇伝」ではなく、自身の「弱み」を語っています。目的は尊敬を集めることではありません。
- 3. 「私」が「弱音を漏らした」という状況に対し、単なる慰めではなく、「俺も」と共感を示し、自身の経験を語った上で「お前はちゃんと立て直そうとしてる」と承認の言葉をかけています。これは、相手を力づけるための、計算された、しかし誠実なコミュニケーションであり、最も説得力のある理由です。
- 4. 佐々木さん自身が「疲れていた」という記述は本文にありません。彼の行動の動機は、あくまで「私」に向けられています。
【設問4】本文の内容と合致するものを、次の中から一つ選べ。
- 「私」は、佐々木さんと二人きりで飲みに行くのは、これが初めてだった。
- 佐々木さんは、普段から自分の失敗談を後輩によく話して聞かせていた。
- 「私」は、佐々木さんからの言葉を聞いて、仕事に対する自信を完全に失ってしまった。
- 佐々木さんは、「私」が仕事でミスをしても、そこから逃げずにいることを評価していなかった。
【正解と解説】
正解 → 1
- 1. 「初めて二人で居酒屋に行った」という冒頭の記述と合致します。
- 2. 「決して自分の弱みやプライベートなことを見せようとはしなかった」とあり、間違いです。
- 3. 「どんな慰めよりも深く、私の心に沁み渡った」とあり、むしろ勇気づけられています。間違いです。
- 4. 「お前は、いつもちゃんとそこから逃げずに立て直そうとしてる。俺は、そういうところ、ちゃんと見てるよ」と明確に評価しています。間違いです。
語句説明:
当たり障り(あたりさわり)のない:相手の感情を害さず、かといって特に良い印象も与えない、平凡で無難なこと。
陳腐(ちんぷ):ありふれていて、古くさく、つまらないこと。
地平(ちへい):ここでは、物事を考える上での立場や境遇、レベルのこと。