現代文対策問題 13

本文

兄は、昔から私の目標だった。勉強もスポーツもそつなくこなし、いつも周囲の人気者。そんな兄の背中を、私はずっと追いかけてきた。兄と同じ大学に入り、兄が選んだのと同じ法学部へ進んだ。それが、私にとって最も正しい道であると信じて疑わなかった。

しかし、大学の講義は、私の心を少しも満たしてはくれなかった。分厚い六法全書を開くたびに、私は言葉にならない息苦しさを感じていた。友人たちが将来の夢を熱く語り合う輪の中で、私だけが借り物の言葉を話しているような疎外感を抱いていた。兄のようになりたい、という一心で走ってきた道の先で、私はいつの間にか自分自身の姿を見失っていたのだ。

ある日、私は思い切って、サークル活動で撮りためていた写真を、小さなコンテストに応募してみた。自分でも意外だったが、それが佳作に選ばれた。賞状と、審査員からの短い評が書かれた紙が送られてくる。「被写体の内面を捉えようとする、温かい視線を感じる」という一文が、私の目に留まった。

兄の真似ではない、初めて自分一人の力で得た評価だった。大それた賞ではない。それでも、その言葉は、まるで霧の中にいた私を照らす一筋の光のように思えた。私は、ずっと誰かの地図を頼りに歩いてきたのかもしれない。これからは、たとえ拙くとも、自分の足で自分の道を探してみたい。そう思った時、分厚い法律書よりも、カメラの重みの方が、ずっと心地よく感じられた。


【設問1】傍線部①「被写体の内面を捉えようとする、温かい視線を感じる」という審査員の評が、「私」にとって「一筋の光のように思えた」のはなぜか。その理由の説明として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 兄の模倣ではない、自分自身の個性や感性が、他者から初めて肯定されたと感じたから。
  2. 自分の写真の技術が、プロの審査員にも通用するレベルであると証明され、自信を得たから。
  3. 法律の勉強よりも写真の方が、社会的に価値のあることだと確信することができたから。
  4. 自分の温かい人柄を審査員に見抜かれたことに喜び、写真家として生きていく決意を固めたから。
【正解と解説】

正解 → 1

  • 1. 「私」は「兄の真似」をしてきた人生に「息苦しさ」を感じ、「自分自身の姿を見失っていた」状態でした。そんな中で得た「兄の真似ではない、初めて自分一人の力で得た評価」は、他者に自分の存在そのものを認めてもらえたと感じさせました。審査員の言葉が「私」自身の「視線(=個性・感性)」を評価している点が重要です。
  • 2. 「プロに通用するレベル」といった技術的な評価よりも、自分の内面的な部分が評価されたことに「光」を感じています。
  • 3. 法律と写真の「社会的な価値」の優劣を比較しているわけではありません。あくまで「私」にとってどちらが心の充足に繋がるか、という個人的な価値観の問題です。
  • 4. この時点ではまだ「写真家として生きていく決意」まで固めてはいません。「自分の道を探してみたい」という、始まりの段階です。

【設問2】傍線部②「たとえ拙くとも、自分の足で自分の道を探してみたい」という「私」の心境の変化の説明として、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。

  1. 優秀な兄への対抗心から、法律とは全く違う分野で兄を超える成功を収めようと決意している。
  2. これまでの人生が無駄だったと深く後悔し、過去の自分と決別して、ゼロから再出発しようとしている。
  3. 他者の価値観に合わせる生き方に疑問を感じ、これからは自分自身の興味や関心を大切にする生き方を選ぼうとしている。
  4. 法学部の勉強に行き詰まりを感じたため、より楽に単位が取れる別の道へと現実逃避しようとしている。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「対抗心」や「兄を超える」という競争的な動機は読み取れません。むしろ、兄という基準から離れ、自分自身の基準を見つけようとしています。
  • 2. 「無駄だったと後悔」というよりは、過去の自分を乗り越えて未来へ向かおうとする前向きな姿勢です。
  • 3. 「兄の背中を追いかけてきた」(他者の価値観)生き方に、「息苦しさ」や「疎外感」を感じていた「私」が、写真コンテストでの評価をきっかけに、「自分の道を探してみたい」(自分自身の興味・関心)と考えるようになった、という心情の変化を最も的確に説明しています。
  • 4. 「現実逃避」というネガティブな動機ではなく、「心地よく感じられた」というポジティブな感覚に導かれた、主体的な選択です。

【設問3】本文の内容に照らして、「私」が法学部の講義に「息苦しさ」を感じていた根本的な理由として、最も考えられるものを次の中から一つ選べ。

  1. 講義の内容が非常に難解で、自分の学力では到底ついていくことができなかったから。
  2. 法学部には冷徹な学生が多く、温かい人間関係を築くことができなかったから。
  3. それが自分自身の意志で選んだ道ではなく、ただ兄の模倣でしかなかったから。
  4. 本当は法学部よりも、給料が高い経済学部に進みたいという気持ちがあったから。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「講義が難解」「学力不足」といった具体的な記述はありません。息苦しさの原因は、もっと内面的なものです。
  • 2. 「友人たちが将来の夢を熱く語り合う輪」とあり、友人関係そのものが悪いわけではありません。問題は、その輪の中での「私」の「疎外感」です。
  • 3. 「兄のようになりたい、という一心で走ってきた」「私だけが借り物の言葉を話しているよう」「自分自身の姿を見失っていた」といった記述から、自分の内発的な動機に基づかない選択であったことが、息苦しさや疎外感の根本的な原因であったことがわかります。
  • 4. 「経済学部」や「給料」といった具体的な他の願望は本文に書かれていません。

【設問4】本文の内容と合致しないものを、次の中から一つ選べ。

  1. 「私」は、兄に対して、目標であると同時に、ある種のプレッシャーも感じていた。
  2. 「私」は、大学で写真サークルに所属し、活動していた。
  3. 「私」が応募した写真コンテストでは、最も優秀な賞である金賞を受賞した。
  4. 「私」は、写真コンテストでの評価をきっかけに、自己肯定感を取り戻しつつある。
【正解と解説】

正解 → 3

  • 1. 「兄は、昔から私の目標だった」とある一方で、その模倣によって「息苦しさ」を感じていることから、目標でありプレッシャーであったことが読み取れます。
  • 2. 「サークル活動で撮りためていた写真」という記述から、サークルに所属していたことがわかります。
  • 3. 受賞したのは「佳作」であり、「最も優秀な賞」ではありません。したがって、この選択肢は明確に内容と合致しません。
  • 4. 「一筋の光のように思えた」「自分の道を探してみたい」という前向きな気持ちの変化から、自己肯定感を取り戻しつつある様子がうかがえます。

語句説明:
そつなく:手抜かりなく、要領よく物事をこなすさま。
借り物(かりもの)の言葉:自分で考えたのではなく、他人の受け売りの言葉。
佳作(かさく):コンクールなどで、最優秀ではないが、それに次いで優れた作品。
拙い(つたない):物事のやり方や出来ばえが下手である。巧みでない。

レベル:大学入学共通テスト対策|問題番号:13