古文対策問題 109(更級日記「物語にあこがれる少女時代」全段精読・評論型長文)
【本文】
あづま路の道の果てよりも、なほ奥つ方に生ひ出でたる人、いかばかり心細く、住みはじめたるにか、
京に年ごろありて、物語・歌・手習ひなど、さまざまのことを見聞きし、書き写したる人の話聞くに、いみじく心もとなく、
「この世に生まれて、物語の一つも見ざらむや」と思ひわたるほどに、
暮れゆく春の夕べ、姉が持て来たる『源氏の五十余巻』を、灯火の下にて、涙もろくうちとけて読み始めぬ。
読みしめるほどに、物語の世界に心を奪はれ、夢うつつのうちに、紫の上や夕顔の姿を、現(うつつ)のことのごとく思ひやりつつ、
「この身も、かかる物語の人にや」と、心ときめかして過ごしける。
【現代語訳】
東国の果てよりも、さらに奥の田舎に生まれた私は、どんなに心細く新しい土地に住み始めたことだろう。
都に長くいた人から、物語や歌、手習いなど、いろいろなことを聞き、写してきた話を聞くたびに、とてももどかしい思いがした。
「この世に生まれて、物語の一つも読まずに終わるのか」とずっと思っていたところ、
春の暮れゆく夕方、姉が持ってきた『源氏物語』の五十巻あまりを、灯火の下で涙ぐみながら読み始めた。
読み進めるうちに、物語の世界に心を奪われ、夢うつつの中で紫の上や夕顔の姿をまるで現実のことのように思い描きながら、
「自分もいつか物語の主人公のようになれたら」と心ときめかせて日々を過ごしていた。
【覚えておきたい知識】
文学史・古文常識:
- 更級日記:菅原孝標女の回想的日記文学。少女から大人への成長・夢と現実のはざまを描く。
- 源氏物語:当時、物語の最高峰。少女たちの憧れ・理想の世界の象徴。
- 奥つ方:都から遠く離れた田舎。
重要古語・語句:
- 心もとなく:もどかしく、不安で。
- 物語の一つも見ざらむや:物語を一度も読まずに終わるのか、という意。
- 現(うつつ):現実。
- ときめかす:心をわくわくさせる。
【設問】
【問1】作者が「物語の一つも見ざらむや」と思い続けた気持ちについて、成長の環境や時代背景をふまえて200字以内で論ぜよ。
【問1 解答例・解説】
都から遠く離れた田舎で育った作者は、情報や文化から隔絶され、物語の世界に強い憧れと飢えを感じていた。都の生活を知る人の話を聞くたび、夢と現実の差にもどかしさを募らせ、「物語を読まずに終わるのか」という焦りが成長の原動力となった。(195字)
【問2】『源氏物語』を読み始めた時の作者の心情や、物語世界との関係について、300字以内で論じなさい。
【問2 解答例・解説】
源氏物語を手にした瞬間、作者は長年の憧れが叶う喜びと感動で胸がいっぱいになった。灯火の下で涙ぐみながらページをめくる姿には、現実の寂しさや孤独から逃れ、物語世界に没頭することで自分の理想や夢を託そうとする強い思いが表れている。現実と夢の境界があいまいになり、紫の上や夕顔の姿を現実のように感じ、物語の中で自分自身の存在意義や未来への希望を重ねていくプロセスが描かれている。(292字)
【問3】「物語への憧れ」がどのように現代の若者やあなた自身の経験と重なるか、400字以内で自由に論じなさい。
【問3 解答例】
現代の若者も、漫画や小説、映画やアニメの世界に強い憧れを抱き、現実の厳しさや孤独、日常の単調さを乗り越えるために物語の中で夢や理想を追い求めることが多い。私自身も、幼いころからファンタジーや冒険小説に夢中になり、物語の主人公になったつもりで現実とは違う世界に心を飛ばしていた。新しい物語を手にしたときの高揚感や、登場人物の成長や友情、恋愛に自分の未来や人間関係を重ねて勇気をもらったことも数えきれない。更級日記の作者と同じように、物語がもつ「現実と夢をつなぐ橋」としての力は、時代や環境が変わっても普遍的なものだと感じる。
【問4】更級日記の冒頭場面は、日本文学史上どのような意義を持つか、評論的に400字以内で述べよ。
【問4 解答例】
更級日記冒頭の「物語への飢えと憧れ」は、日本文学において文学的欲望や自己形成、夢と現実の交錯を正面から描いた画期的な場面である。作者が少女時代の孤独や文化への渇望を素直に表現し、読書体験を通じて自分を見つめ直し、現実に立ち向かう原動力としたことは、以後の文学作品に多大な影響を与えた。物語と現実の対話を通じて成長しようとする自己意識の目覚めは、近現代の自伝文学や青春小説の原型ともいえ、読書が人間の精神的成長・世界認識にどれほど重要な役割を果たすかを象徴的に示している。