古文対策問題 110(枕草子「春はあけぼの」全文精読・評論型長文)

【本文】

春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。
また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。
秋は夕暮れ。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。
まいて雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。
冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持てわたるもいとつきづきし。

【現代語訳】

春は明け方がよい。だんだん白んでくる山際が、少し明るくなり、紫がかった雲が細くたなびいているのが美しい。
夏は夜がよい。月のある夜はもちろん、暗い夜でも蛍がたくさん飛び交っている。また、ぽつりぽつりと一つ二つ光るのも趣がある。雨が降るのも風情がある。
秋は夕暮れがよい。夕日がさして、山の端がとても近くなり、烏がねぐらへ帰ろうと三羽四羽、二羽三羽と急いで飛ぶのさえ心にしみる。雁などが連なって、とても小さく見えるのも本当に趣がある。日が沈みきって、風の音や虫の声など、もう言いようがないほど素晴らしい。
冬は早朝がよい。雪が降っているのは言うまでもなく、霜が真っ白なのもまた格別で、とても寒い朝に火を急いで起こし、炭を持って運ぶのもいかにも季節らしい。

【覚えておきたい知識】

文学史・古文常識:

  • 枕草子:清少納言作。四季の美と生活の情趣、鋭い観察眼、独特のリズムが特徴。
  • やうやう:だんだんと。
    をかし:趣深い、美しい、心ひかれる。
  • つきづきし:ふさわしい、似つかわしい。

重要古語・語句:

  • あけぼの:夜明け、明け方。
  • たなびく:雲などが横に細く伸びる。
  • まいて:まして。
  • つとめて:早朝。

【設問】

【問1】「春はあけぼの」に始まる四季の描写がどのように「をかし」の美意識を表現しているか、本文に即して200字以内で論じよ。

【問1 解答例・解説】

四季の移ろいを「春はあけぼの」「夏は夜」など、時間帯ごとに繊細な美を見出すことで、日常の中の趣や心ひかれる瞬間=「をかし」を鮮やかに描いている。風景や自然の一瞬一瞬に価値を見出す感性こそ、枕草子の「をかし」美学の核心である。(194字)

【問2】清少納言の観察眼・表現力の特徴がどこに現れているか、300字以内で論じなさい。

【問2 解答例・解説】

清少納言は、山際が白む「やうやう白くなりゆく」や、蛍の光が「ほのかにうち光りて行く」など、ごく短い表現に微細な変化や一瞬の美を鮮やかにとらえている。単なる情景描写にとどまらず、季節と時間、光や音、気配までも巧みに描写し、身近な日常に新鮮な驚きと美しさを発見する観察眼が光る。抽象化や比喩でなく、体験に根ざした直感的な表現、リズミカルな語り口が、枕草子独自の表現力を際立たせている。(286字)

【問3】あなた自身の「一瞬の美」を感じた体験を一つ挙げ、枕草子の世界観と結びつけて400字以内で述べよ。

【問3 解答例】

私が最も「一瞬の美」を感じたのは、夏の夜明け、静かな公園で朝靄がゆっくりと晴れ、木々の間から柔らかな光が差し込む瞬間だった。誰もいない場所で、空気が新しく入れ替わるような感覚に包まれ、普段は気づかない自然の表情や香りが鮮明に心に残った。枕草子の「やうやう白くなりゆく山ぎは」や「ほのかに光る蛍」の描写と重なり、日常の中にこそ特別な美が隠れていることに気づかされた。清少納言のように、一瞬を見逃さず心に刻むことで、人生がより豊かで感動に満ちたものになると感じた。

【問4】「春はあけぼの」の段は日本古典文学史にどのような意義を持つか、評論的に400字以内で述べよ。

【問4 解答例】

「春はあけぼの」は、日本古典文学における自然描写・四季感の美学を極限まで洗練し、日常の中に美や詩を見出す感性を後世に伝えた画期的な一節である。単なる季節の風物を並べるだけでなく、移ろいゆく時間と心の動きを密接に結びつけ、「をかし」=瞬間の趣や喜びを文学の主題とした。以後、俳諧や随筆、近代詩に至るまで、日本人の美意識・季節観の規範となり続けている。形式にとらわれない自由な感性と、観察・体験をそのまま言葉にする率直さは、古典随筆の頂点として、現代人の感受性にもなお鮮烈な刺激を与え続けている。

レベル:最難関大・専門レベル|更新:2025-07-25|問題番号:110