古文対策問題 111(蜻蛉日記「道綱母の孤独と母性愛」全段精読・評論型長文)
【本文】
いとど心細き夕暮れ、子の道綱の君の御袖の温かさばかりを頼みて臥しぬるに、
その夜も人の御訪れもなければ、ただこの子と枕を並べて、昔語りをしつつ明かしぬ。
世の中の憂さ、思ふこと多かりけれど、子の顔のうちに、ふと慰むることもありぬべし。
さりとて、これにすら頼みきらず、また夜の深きに、あやしき夢を見て、はっと目覚めぬ。
かくて、かなしき身の上を思ひやるに、いとど涙の落つるのみなり。
それより後は、子の顔を見て、何事も語らず、ただ心に涙をのみ流すこと多くなりぬ。
【現代語訳】
ますます心細くなる夕暮れ、息子の道綱の袖の温もりだけを頼りに横になっていると、その夜も夫の訪れはなかった。
ただこの子と枕を並べ、昔話をしながら夜を明かした。
世の中の辛さや悩みは多いが、子の顔を見ると、ふと心が慰められることもある。
しかし、それだけにも頼りきれず、夜が更けると不思議な夢を見て、はっと目を覚ました。
こうして、悲しい自分の身の上を思うと、ますます涙がこぼれるばかりである。
それ以降は、子の顔を見ても何も語らず、ただ心の中で涙を流すことが多くなった。
【覚えておきたい知識】
文学史・古文常識:
- 蜻蛉日記:道綱母による平安中期の日記文学。夫藤原兼家との苦悩や子への愛情、女性の孤独を赤裸々に描写。
- 道綱の君:作者の息子。母子のきずなと慰めの象徴。
- 訪れ:通い婚の時代、夫の訪問が家族の関係の中心だった。
重要古語・語句:
- いとど:ますます。
- かなしき身の上:悲しい境遇、自分自身のこと。
- 慰む:心が癒やされる。
- あやしき夢:不思議な夢。
- 涙をのみ流す:涙を流すばかりである。
【設問】
【問1】作者が「子の顔のうちに、ふと慰むる」と感じた背景と、その限界について200字以内で説明せよ。
【問1 解答例・解説】
夫の訪れが絶えた孤独な生活の中で、作者は息子の存在に一時的な慰めや安らぎを見出している。しかし、それだけでは満たされず、夜更けに夢で目覚め、再び自分の悲しさや孤独を痛感する。母性愛による慰めにも限界があり、根本的な孤独感は癒やしきれなかった。(198字)
【問2】蜻蛉日記の本文から読み取れる平安時代の女性の生活と心理について、評論的に300字以内で述べよ。
【問2 解答例・解説】
本文からは、夫の訪れに依存した通い婚の制度が女性の精神的孤独や不安定さを深めていたことがうかがえる。女性たちは夫の愛情を求めつつ、来ない夜には子どもや回想、涙とともに夜を明かし、心の安らぎを自ら見出さねばならなかった。母性愛の強さとともに、それだけでは癒されぬ根源的な孤独感や社会的な弱さが赤裸々に記録され、平安女性の複雑な心理を生々しく伝えている。(283字)
【問3】あなた自身の家族や大切な人との関係の中で、蜻蛉日記の世界観と重なる体験があれば、400字以内で自由に述べよ。
【問3 解答例】
私も大切な家族と離れて暮らすことになったとき、寂しさや孤独を強く感じた。電話やメッセージで声を聞くと一時的に慰められるが、それだけでは心の空白が埋まらず、夜になると急に悲しさが募ることがあった。蜻蛉日記の作者が息子の温もりに慰めを見出しつつも、深夜にふと涙を流す気持ちはよく分かる。人間関係や愛情にすがりつつも、それだけでは解消できない孤独や自己と向き合う時間が、誰の人生にもあると感じる。家族との絆や思い出は大きな支えになるが、本当に心の拠り所となるのは、自分自身の内面や人生をどのように受け止めていくかにかかっているのだと思う。
【問4】蜻蛉日記の記録が日本文学史上持つ意義について、400字以内で評論的に述べなさい。
【問4 解答例】
蜻蛉日記は、個人の感情や家族関係、愛情と孤独という普遍的なテーマを女性の視点で赤裸々に綴った点で、日本文学史に画期的な役割を果たした。日記文学というジャンルの確立とともに、単なる事実の記録を超え、心情の推移や心理描写の深さで後代の『更級日記』『和泉式部日記』などにも大きな影響を与えている。道綱母の自己内省・感情表現は、社会制度や家族のあり方に対する批評的眼差しともなり、現代に通じる女性の生き方や孤独の意識を先取りしている。個人の「声」が文学的価値を持つことを証明した意義は計り知れない。